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イライラ
俺が学校に着く頃にはもう1限目が始まっていた
教室のドアを開けると、クラスメイトの視線が一気に俺へと向けられる
先生は特に叱るでもなく早く座れよーと言って淡々と授業を続けた
一言すいませんと言って、そのまままっすぐ自分の席についた
「翔、遅かったね、寝坊?」
「ん、そんなとこ」
相変わらず漫画を読んでいた健が開いていたページに栞代わりの定規を挟むと、俺に向かって小さな声で話しかけてくる
本当は寝坊したわけじゃないけど、事実なんて言えるわけもなくて曖昧な返事をするしかなかった
何かを察したのかこれ以上深く聞くことはなくそっか、と言って頷いた
「高村顔色悪いぜ?大丈夫か?」
「ありがと、大丈夫」
前の席の山本がくるりとこちらに体を向けて声をかけてくれる
だけどやっぱりうまく返すことも大丈夫じゃないかもって言うこともできなくて、淡々とお礼を言うことしかできなかった
なぜだかまた涙が出そうになった
学校に来る道中、傘をさしながら色々考えた
アキがどうしてあんなことをしたのか
どうして俺はあんな風になってしまったのか
そして、これからどうしていくべきなのか
だけどどれもこれも検討すら付かなくて、ぽたりと肩におちる雨の冷たさも感じなかった
アキとはいい友達になれると思ったのに
転校してきてからずっと、俺のこと助けてくれててすごく信頼してたのに
アキはたまにドキッとするくらい俺の憧れる優しくていいやつで、信用してたのに
はじめてのキスを奪われたことよりも、友達としてアキに裏切られたことの方が俺には大ダメージだった
アキの方をチラッと見ると、前にアキに告白した隣の席の中島さんと笑って話しているようだ
その光景がなぜだか気に食わなくて、俺はぷいっとそっぽを向いた
なんだよ、アキのやつ
アキにとってキスって何なんだよ
他の子にも軽々しくしちゃうんだよな、きっと
俺とのキスなんか、別に何でもないことなんだよな
なんかカッコわる…俺ばっかり気にして……………
あんなの、アキにとっちゃ誰にでもしてることなんだ
そうやって勝手に思考を巡らせていると、悲しくて沈んでいた気持ちがだんだんと怒りのようなものに変わってくる
なんかイライラしてきた……
朝は俺にあんなキスしたくせに今は女子とヘラヘラして、モテるやつって結局そうなんだな
自分の中でどんどん怒りが膨らんでくる
あーそうかよお前ってそんなやつだったんだな!
がっかりだ、優しくていいやつだと思ってたのにあんな意味不明なことして
もう知らねぇ!もう一緒に学校行かないし帰らない!
アキなんか一生女に囲まれてヘラヘラしてろ!
途中から参加した授業もとても聞く気にはなれなくて、俺は開いた教科書を頭に被せて机に突っ伏した
午前の授業が終わり、昼休みになった
みんないつものように仲のいいグループで食堂に行ったり机を移動させたりして輪を作る
本当なら健と一緒に過ごす予定だが、どうにも心が穏やかじゃない俺は誰かと一緒に過ごす気になれなくて健に断りを入れて教室を出た
せっかく弁当も気合を入れて作ったけど、食欲が湧かなかったから弁当箱ごと健に渡した
健は深く詮索をすることなく、いつもより落ち着いた様子でありがとうと言って俺から弁当を受け取った
健は俺の様子がなんとなくおかしいのに気付いてくれていたのかもしれない
ごめんな健、気を使わせて
こういう時ちゃんと察してくれるお前本当、優しくてかわいいやつだよ
一方のアキはいつも通り、女子に手を引かれて教室を後にしていた
そんなアキの様子を横目で伺いながらため息を吐く
俺のため息は広い廊下をまるまる覆い尽くしてしまいそうなほどに深くて、俺自身なんともいえない気持ちになる
だけどそのなんともいえない気持ちだって、たくさんの女子に囲まれたアキの背中を見ればその感情が怒りだって頭が理解する
もうアキなんか知らない
痴漢から助けてくれたことには感謝してる
だけどだからって、こんなこと許していいわけがないんだ
俺はお前の周りを取り囲んでお前に媚び売ってる女子じゃない
こんなの、忘れてしまえばいいんだ
こんな意味のないキス、記憶から消してしまえばいいんだ
俺だってアキと同じようにキスなんて、大したことじゃないんだから
俺だけ気にしてモヤモヤしてるなんて不公平なんだ
それなのになぜだか消えない唇の感触が鬱陶しい
立ち止まってごしごしと袖で口を拭う
だけど今度は絡められた舌の熱が蘇る
ちくしょう、自販機で苦手なブラックコーヒー買ってそれでうがいしてやる!
ひとりで百面相している俺にすれ違う人は怪しそうな視線を向ける
くそ、なんで俺が変な目で見られなきゃいけないんだ!
「ふんっ!」
俺は身にまとった怒りを隠そうともせず、ずんずんと長い廊下を歩いた
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