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焦りと怒り

翔の姿を見失ったオレは慌てて駅を出た そこからいつもより速足で学校に向かい、靴箱で絡んでくる女子たちの手も振り払って教室に飛び込んだ そして近くにいたクラスメイトに挨拶をするよりも先に、翔の席がある教室のいちばん角の席に視線をよこす だけどそこに翔の姿はない 教室中に視線を巡らせるも、やっぱり翔の姿はどこにも見えない オレの方が、先…… オレの手を振り払って走り去った翔は、てっきりオレよりも先に学校に到着しているものだとばかり思っていたんだが… まさか来る途中、何か事故に巻き込まれたり 知らない人に何かされたりしたんじゃないだろうか なんて不安が頭をよぎるも、翔に対して何かをしでかしたのはオレだったことを思い出すと途端に気分が落胆する 教室のドアの前で眉間に皺を寄せて突っ立っていると、いつもオレを取り囲んでくる女子たちが、いつものように集まってきた 女子たちはあっという間にオレを取り囲み、あちこちに自分の体をなすりつけては高い声できゃっきゃと騒いで止まない 「輝くぅん、汗かいてるよ?」 「どぉしたの?熱でもあるの?」 「あたしと保健室いく?♡」 オレを気遣ってくれるのは有難いことだ だけどオレにとっては鬱陶しいこと極まりなかった オレは今少しでも早く翔に会って謝りたい 翔への気持ちを自覚してしまった今、オレにはやるべきことがあるんだ オレを取り囲む女子の手を振り払って早足で歩き出す もしかしたら保健室や靴箱なんかにいたりするかもしれないと思った そう思ったらいてもたってもいられなくて、オレは階段を駆け下りた 保健室にたどり着き、扉を開けようと手をかける ところが保健室の扉はまだ鍵が掛かっていて、がたんと音を立てるだけで開きはしない ここじゃない、か…… 自分が悔しくて情けなくて、ぐっと唇を噛み締めた それから靴箱に向かい翔をひたすら待った だが10分たっても20分たっても翔は一向に現れなくて、いよいよ不安になってくる そのまま翔を待っている間に朝礼5分前のチャイムが鳴り響いた 翔…どこにいんだよ………… ぐっと眉をひそめる 翔の姿を思い出しては、また自分の情けなさや不甲斐なさに嘆く なんであんな酷いことしちまったんだろう 今更後悔したって遅いのに なんて、考えれば考えるほどに自分の情けなさに埋め尽くされるだけだった 結局オレは遅刻ギリギリに来たクラスメイトに引っ張られてしぶしぶ教室に戻った 今日ばかりは、笑顔を作ることができなかった 朝礼が始まっても翔は来ない そのまま1限目の授業が始まったが、オレは集中することができなくて不自然にきょろきょろと周りを見まわす つい2週間前までは普通だった翔のいない教室が、今はぽっかりと穴が開いたみたいにすっからかんに感じる ほんの少しの間でオレの心はすっかり翔に持っていかれて、こんな時でさえ気持ちは大きくなるばかりだ 翔…どこにいんだよ……… 頼むから、事故なんかにだけは遭っていないでほしい いてもたってもいられなくて、保健室に行くふりをして教室を抜け出してやろうと考えた 教室を抜け出して、翔を迎えにいきたい 少しでも早く そう思った時だった 教室の後ろのドアが静かに開く音がして、オレは瞬時に視線をそちらによこした そこには翔の姿があった 目を真っ赤に腫らして、小さな声ですいませんと言ってゆっくりと一番後ろの角の席る翔 翔……泣いた、んだよな………… 健や山本が翔に声をかけているみたいだったけど、翔はそれに薄っすらと無理矢理作ったような笑みを浮かべて返事をしているようだった 翔にこんな顔をさせたのが自分のせいだと思うと、胸が痛くて痛くてしょうがない 泣かせたくなんてないのに 横目で翔を見ていると、オレに告白してくれた中島が小さなメモ用紙を渡してきた 『2週間前の返事、聞かせてほしいな♡』 受け取ったメモ用紙を開くと、そう書いてあった オレには到底書けそうもない丸文字を眺めて、そっとペンを握る オレはその紙の裏にわかった、と一言だけ書いて渡した 中島はニコニコと笑って、その紙を受け取る わざとらしくオレの指先に触れてふふっ、とアイラインの濃く引かれた目を細めて照れたように笑う 悪いけど、期待してるような答えは聞かせられない また翔の方をさりげなく見たけど、翔は教科書を頭の上に乗せ机に突っ伏したままで一度もこちらを見ることはなかった 午前中の授業が終わってオレは真っ先に席を立ち翔の方へと向かおうとした だがオレを取り囲む女子の方が早かったらしく、いつものように腕を掴まれて教室の外に連れていかれた 女子の1人がわざとらしくオレの腕に胸をなすりつけてくる それをさりげなく振りほどいて、いつものように愛想笑いを浮かべようとするも、今日はやっぱり上手くいかない むしろどんどん眉間に皺が寄って、口元は引きつるばかりだ いい加減にしてくれ、毎日毎日 オレの何を知ってるって言うんだ オレみたいなやつ、いくらでもいるのに オレより優しくて大切にしてくれる人なんて、山ほどいるのに オレの何がそんなにいいんだ オレはみんなが思っているほどいいやつじゃない だって好きな人にでさえ、優しくしてやれなくて泣かせてしまったんだから オレは情けなくて不甲斐なくて、嫌なやつなんだ 半分は八つ当たりかもしれないが、積もりに積もった女子たちに対しての怒りがふつふつと湧き上がってきた

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