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人気者だってつらいのだ
女子たちに連れられてやってきたのは、いつもの校庭のベンチではなく校舎裏の自販機の前だった
不審に思ってきょろきょろと周りを見まわしていると、2週間前にオレに告白してきた中島が他の女子よりも2歩、前に出てきた
頬を赤らめ、わざとらしく俯く中島
いつも仲の良い女友達と喋っている様子とはまるで違う
「輝くん…この前の返事、聞かせて?」
あぁ、これか…………
予想はしていた
さっきの授業中に返事を聞かせてほしいと書かれた手紙ももらったし、もう2週間も返事をしていなかったからな
するとオレの不意をついて中島はオレの制服の裾をきゅっと掴んだ
そしてぴったりとオレに体をくっ付けるようにして抱きつく
そんな光景に、オレは翔との登校中の様子を重ねる
オレの胸で恥ずかしそうに縮こまる細い体
見下ろすとまつ毛が長いことや、つむじがちょっと右寄りにあることに気付いたりする
ほのかに香る柔軟剤の香りが心地よくて、内緒で嗅いでいたなあなんてちょっとした思い出もある
中島のやけにきつい香水の香りが鼻につく
一方的に抱き着く中島の見下ろすと、赤い口紅を塗った口元を微笑ませている
それを取り囲む女子たちはキャーと歓声を放っているものの、中島が振られる瞬間を見世物にして楽しんでいるだけだって分かりきっていた
人の不幸を肴にして会話に花を咲かせようとする期待のまなざしが気持ち悪い
「ゆり…輝くんが好き、輝くんはゆりが好き?」
すると中島がオレの胸に体を寄せたまま上ずったような声で言った
とたんに周りのやつらはキャーと歓声をあげ、気味の悪い視線を向ける
オレは中島の肩をぐっと両手で掴んで引き離した
中島はわざとらしく上目遣いでオレを見上げてくる
ブラウンのカラーコンタクトをした瞳をうるませて、ぱちりぱちりとまたわざとらしい瞬きをする
そんな顔をされても、今のオレには翔以上の魅力を中島から見つけることができない
「悪いけどさ、オレお前とは付き合えないんだ」
もうずっと前から決めていたことだ
だけど今はちゃんと断る理由がある
「オレ、好きな人いるんだ」
中島は目を点にしたように見開いて、口を閉ざす
赤い口紅を塗った唇をぎゅっと噛みしめて、信じられないといったような表情でオレを見つめてくる
オレたちを取り囲む女子たちも同様の表情だ
だが途端にまるで仮面でも被っているかのように作られた表情で悲しみを表現する
そんなこの場所が何とも言えないほどに心地悪くて、オレは足早に立ち去ろうとした時だった
後ろから袖をぐっと引かれる
オレの足がぴたりと止まる
「やだぁ…ゆり、輝くんがいいんだもん……」
中島がオレの背後からオレに抱きついてきた
「付き合ってくれるまで、離さないもん……」
そう言ってもっと強く抱きしめてくる
そして甘えるかのような猫なで声を出しながら、わざとらしく体を擦り付けてくるのだ
もう本当に、勘弁してくれ…
周りでは女子たちがキャーと悲鳴のような声をあげる
どうやら彼女にオレの言葉は届かなかったようだ
「ごめんな、でも付き合えないよ」
振り返って中島の方を向く
すると中島はまたオレの制服の裾をきゅっと握る
どんなに甘えられても、誘惑されても
今のオレの心は動かない
気持ちは変わらない
だけど誰かひとりに執着する気持ちはオレにもやっと分かった
はじめて人を好きになって、やっと彼女たちの気持ちも少しは理解できた気がする
彼女たちにとってそれがオレなら
オレにとってそれは翔だ
すっと心を穏やかにするよう試みる
女子相手に男のオレが思ったことを素直に述べてしまうと怖がらせてしまうかもしれないし、男として最低限の配慮は必要だと思う
そう自分に言い聞かせ、ふうっと小さく息を吐いたその時だった
「付き合ってくれたら、エッチもいっぱいさせてあげるもん、だから……ね?」
そう言ってもっと強く抱き付かれる
アイラインがくっきりと引かれた瞳には、作り物のような涙が浮かんでいる
だけどオレの手は血の気が引くようにひやりと冷たくなって、持ち上がりもしない
抱き返したりなんて、もっとしない
周りの女子たちも、ついに本心を現したのか取って食ってしまいそうな視線で中島を睨みつけている
でもきっと、この場にいる誰よりもオレの目は冷たかっただろう
その言葉を聞いた瞬間、箍が外れたように不満が込み上げてきた
「エッチがどうとかじゃなくてさ、オレは付き合えないって言ってんだ」
「で、でも……」
「でもじゃなくて、付き合えない」
悪いけどもうさっきみたいに優しくなだめることは出来そうにない
クラスメイトとしてそれなりに仲良くしているつもりだった
だけどもう、限界だ
オレにすがりつく中島を引き剥がして歩き出す
「輝くんひどぉい」
「ゆり、泣いちゃったじゃん」
オレが背を向けるとほぼ同時に、オレを取り囲んでいた女子たちの声がした
振り返って女子たちの顔を見るが、オレにはニヤニヤといやらしく笑ってるようにしか見えなかった
いつから女子がこんなに怖い生き物に見えるようになってしまったんだろう
「ゆりと付き合ってあげなよぉ」
「エッチできるんだよ?」
「ほら、泣いちゃってるし」
その無神経な発言を聞いて、オレの本当の限界を超えてしまったような気がした
頭の中で何かが爆発して、マグマのようなものがどろどろと溢れ出してきているかのような気分だ
「いい加減にしてくれないか?」
ずっと抑えようと努力したけど、もう限界だった
オレだって人間だ
これ以上はもう、キャパオーバーだった
いつもいつも自分勝手にオレのこと連れ回して、付き合えないって言ったらエッチエッチって、別にオレはそんなこと望んでいない
大事な自分の体を、そんな風にぞんざいに扱っていいのかよ
脅し半分でオレと付き合って、何が嬉しいんだよ
なんてさすがに口には出さなかったが、もうこれ以上おもちゃにされるのは我慢ならない
もう張り付いたように笑顔を作ることも笑って頷くことも、限界だ
オレの気持ちも気にせずに、エッチだ何だって騒いでいるやつらが鬱陶しくて頭がおかしくなりそうだ
それから言った
どうしてオレを縛るんだ、って
迷惑だ、って
だけどまるで冗談かのように笑って誤魔化して、話を聞いてもらえなかった
キンキンと響く高い声で笑って、またオレに触れる
カチンと来た
オレは神じゃない、仏でもない
オレにだって許せないことはある
「………もうやめてくれ、話にならない……………」
はぁっと溜め息を吐いて口にしたこの一言で、一瞬にして空気が凍りつく
今度こそここから立ち去ろうと、通してくれと言ったら黙って道を開けてくれた
何歩か前に歩くと、目の端にずっと求めていた姿が映った
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