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翔の気持ち

「忘れろとかなかったことにしろとか、できるわけないだろ!!」 「し、翔……」 今度は顔を真っ赤にして、泣きそうな顔でオレを怒鳴りつける 思ってもいなかった翔の反応に、オレはどうしたらいいか分からなくてただただ戸惑ってしまう 「お前にとっちゃ何回のうちの1回でも、俺にとってははじめてだったのに!」 人目もはばからず大声で叫ぶ翔 かくいうオレももう人の目なんて気にもならないほどに、目の前の翔のことしか考えられない ……………ちがう 何回のうちの1回なんかじゃないよ、翔 たしかにあの時は衝動的にしちまったことかもしれない だけど今は違う、オレにとってあのキスは意味のあるものになったんだ だから、話を聞いてくれよ オレの気持ちを、聞いてくれよ 「俺の気持ちとか、考えてないのかよ!」 だが翔から吐き出されたその言葉を聞いた瞬間、オレははじめて自分の過ちに気付いた 目の前が真っ暗になって、頭が真っ白になったような感覚に襲われた ………翔の、気持ち…………? オレの中では、翔にとってオレとのキスなんて耐えがたいものだったと思ったし忘れてしまいたい記憶だと思っていた だけどそれをオレが翔に対して「忘れろ」と言ってしまうと、まるでオレにとって都合が悪いみたいだ もちろんあのキスはオレにとって都合の悪いものなんかじゃない だけど翔からしてみれば、まるでオレが誰彼構わず手を出して、それでいて不都合なことは忘れさせようとしているみたいじゃないか オレは、何てことを言ってしまったんだ……… オレが自分の過ちに気付いた時にはもう手遅れで、翔の顔を見ると瞳いっぱいに涙を溜めて、今にも零れ落ちてしまいそうなくらいだ 今朝も見た、翔のこんな表情 もうさせたくないと思ったこの泣きそうな顔を、またさせた 「し、翔っ……」 「うるさい!!」 オレが翔の名前を呼ぶなり、翔は怒鳴ってそれを遮る そしてとうとうその大きな瞳から、大きな涙の粒をぽろぽろと零して泣き出してしまった やばい…泣かせちまった……… はじめてできた好きな人を、泣かせてしまった オレは、何てひどいやつなんだ 自分のしたことを棚に上げるようなことして、はじめて出来た好きな人を悲しませてしまった 自分のことばかり考えていたんだ、オレは 謝れば、翔に忘れてもらえば今まで通り一緒に仲良く登下校してもらえるって、元通りに戻るって 心のどこかで思ってたんだ こんなの、最低じゃないか ひどい自己嫌悪に襲われ、目の前がぐらつく だけどきっと翔はオレよりももっと辛いはずだ 翔はもっと辛くて悲しくて、心が痛いはずだ ゆがんだ目線の先に立っている翔の瞳は止まることなく涙を流し続ける そんな翔が、キッとオレを睨みつけ再度口を開いた 「お前は俺とのキスなんて気持ち悪いかもしれないけどな、俺は………!!!」 何かを言いかけて、はっとしたように口を噤む翔 そして続きを言おうとすることなく、またさっきのように走ってどこかへ逃げようとする そんな翔の華奢な手を、もう一度捕まえる 掴んだ手首は折れそうなくらいに細くて、ぷるぷると小刻みに震えていた 手首を掴まれた翔は、涙で濡れた瞳をオレに向ける 翔自身は睨んでいるつもりなんだろうが、オレにはなぜだかそうは見えなくて さっきの言葉の続きを聞きたくなった 「俺は…何………?」 オレから目を逸らそうとした翔の視線を追うように、翔の顔を覗き込んで尋ねた 涙で真っ赤になったまぶた うるうるとした大きな瞳に、赤く火照った丸い頬 そんな翔がやけに愛しく感じて、ぐっと顔を近づけてしまう 今のオレにそんなことする権利なんてないのに それなのに心のどこかで少しでも翔に近づきたいなんて思いがまだ残っていて つくづく自分のわがままさに呆れる 翔はオレの問いかけに、また我に返ったようにハッとして うるさい!と叫びながらオレの手を振り払った そして今度はオレが腕を掴む間も無く走り去ってしまい、ここにはオレひとりがぽつんと残されてしまった 去り際にアキのバカ!と聞こえた それでも翔を追いかけようと思ったが、これ以上翔を怒らせるのも悲しませるのが辛くて出来なかった 翔の肌の暖かさだけが、オレの手のひらに残った 本当オレ、情けない

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