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反省中

アキから全力疾走で逃走し、俺はさっきの場所からぐるりと半周していた 色んな種類の植物が植えられた校庭には、仲良さげに歩く生徒が所々に散らばっている そんな中、俺ははあはあと息を切らしながら端っこの空いたベンチに腰を下ろした 涙でびしょびしょに濡れた顔を、制服の裾で乱暴に拭う ひくひくと落ち着かない呼吸を整えるように、すうっと深呼吸をする そうしていくうちに、怒りに呑まれた頭が正気に戻っていく 俺、さっき………… つい数分前の出来事 アキに頭を下げられて、悪かったって謝られた それに、忘れてくれ、とも 忘れてくれ、と言われたことに腹が立ったのは覚えている それにもう我慢ができなくなって、手当たり次第に思いついた暴言の数々をアキにぶつけたことも 言いすぎた……………… 冷静になった頃には俺を山ほどの罪悪感が襲っている真っ最中で、自分がアキに向かって言った言葉が俺に重くのしかかって責めてくる たしかに頭に来ていたとは言え、あんな人目に付くような場所でアキに向かって酷い言葉をたくさん言ってしまった…… それに名前を呼ばれた時には冷たくあしらおうとしたり、手を振り払ったり…… 怒りに身を任せた結果がこれだ ああ俺、なんてこと言っちゃったんだ あんなことを言うつもりなんてなかったのに それに、自分が何を考えていたかも未だに分からないまま アキが逆ギレしてきたら俺も応戦するつもりだった だけどアキは謝ってきたわけで… それなのに俺はアキに対して怒鳴り散らしたんだ 俺、なんて嫌な奴なんだ、アキは謝ってきたのに 確かにアキに忘れろと言われたことには、キスされた時よりもずっと傷ついた アキにとってやっぱり俺とのキスは取るに足らなくて、都合の悪い記憶だって思っていたってことだから 俺だって、都合の悪い記憶は消そうと思ってた だからアキに忘れろって言われたところで、そんなに怒ることでもなかったはずなのに それなのにあの時の俺はなんでそんなに腹が立ったのか、未だに分からないんだ 右手が唇に触れる するとたくさん拭ったはずなのに、俺の唇にはアキとのキスの感触が蘇ってくる 薄くてしっとりとした唇 触れた瞬間暖かくて、思っていたのと全然違って 絡めた舌はもっともっと熱かった 「はっ……!」 無意識のうちに触っていた唇からぱっと手を離す 摩擦でじんわりと熱くなった唇には微かな痛みが残る お、俺は何を思い出してんだ… ぶんぶんと頭を振って朝の出来事を振り払う なかなか消えてくれない記憶に、なんだかまた涙が溢れそうになった 昼休みが終わって、俺は教室に戻った もうすでに授業の準備をして漫画を開いていた健が、俺に向かっておかえり、と言ってくれる てっきりこいつはもっと子供っぽいやつだと思っていたが、何も詮索しないでいでくれる所にまた小さな優しさを感じる 机には、カラになった弁当箱と、「ありがとう!」と書かれた可愛らしいメモ用紙が置いてあった 席に着いたのは俺が最後で、アキの方をちらりと見るとアキは静かに前を向いて座っていた アキの周りの女子たちは、いつものようにアキを取り囲むでもなく、しんとした雰囲気でいた その異様な雰囲気を感じ取ったのか、ファンクラブでない女子やそれ以外の男子もお互いに顔を見合わせて首を傾げている そのくらい、みんなにとってはアキが女子に囲まれていることが当たり前になっているんだ アキはそれを嫌だと感じているのに どれだけの時間、アキはこの現象に耐えてきたんだろう 深読みのしすぎなのかもしれないが、一度そう考えてしまうと俺も気分が沈んでアキの方を見るのが少し辛くて目を逸らす でもやっぱり少しだけアキの様子が気になってもう一度だけアキの方を見ると、大きいはずのアキの背中が何故か俺には小さく見えた アキ……………… そんな様子に胸が痛くなる やっぱりさっきのは、言いすぎたよな… アキの話にだって耳を貸そうともしなかったし もう少し気持ちや色んなものが落ち着いたら、俺からちゃんと謝るべきだよな… 言いたいことを全部言えて、本来ならすっきりできるつもりだったのに俺の気持ちは晴れないままだ この後の授業も何も頭に入ってこなくてずっと上の空だった 放課後 「………翔、大丈夫?」 「へっ」 「ホームルーム終わっちゃったよ」 「あっ、そ、そっか!ボーっとしてた!」 あれからずっと呆けたまま 健に言われてはじめて帰りのホームルームが終わっていたことに気付く 頬杖をついていた左手から顔をどかすと、長い時間俺の頭を支え続けたお陰なのかビリビリと痺れている 筋肉が凝り固まった首を横に曲げポキポキと関節を鳴らすと、偶然アキの席が目に止まる アキの席にはカバンが置かれたままだが、当人の姿は見られない 確か前に、この曜日は毎週放課後に委員会があると言っていた気がするから多分そのためだろう 「翔、おれ帰るね!」 「うっ、うん!気をつけてな!」 「じゃあね!翔、元気出してね!」 健の声で、また呆けていたことに気付く アクセサリーだらけのカバンを背負った健は可愛らしい笑顔でそう言う 最後の言葉に反応する暇なく健はパタパタと走って教室を出て行って姿が見えなくなる 健、やっぱり気を使ってくれてたんだよな………… 小さな隣人の優しい気遣いに、心の中で涙が溢れる どうにもモヤモヤしている時って、人に優しくされるとすぐに泣きそうになってしまうから嫌だ

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