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ホモじゃないもん

「そっかぁ…」 だが俺が予想していた反応とは裏腹に、力の抜けたような声が返ってきた びっくりして姉ちゃんの顔を見ると、にんまりと謎の笑みを浮かべている ぱちりぱちりと数回瞬きをしてみても、姉ちゃんの顔は俺を軽蔑しているようには見えない そっかぁ、って…………それだけ…………………? 「弟がホモになったかー」 ホ、ホモ………!! 今度はからかうように笑って、器用に眉毛を動かす そしてよほど面白かったのか、くくくっと声を堪えるようにして笑っている 「…べ、別にホモじゃないし……!」 断じて俺はホモになったわけじゃない 俺の恋愛対象はずっと女子だったし、中学の頃だって気になる子もいた ただ、好きになったのがアキだっただけだ 好きになったのが偶然にも俺と同じ男だっただけなんだ だけどこれって、おかしいのかな そりゃ同性を好きになるなんて一般的じゃないしそれこそ“普通”からは外れてしまうものだ もしかして俺って、変なのかな………… 急に自分の好意に不安を抱く 好きになったことは事実だと、理解しているのにそれが果たして正しいのか分からなくなってしまう もじもじと下を向いて足をぶらぶらと揺らす よくよく考えたら男を好きになるなんて、だめだったんじゃ…………… そう思った時 「いいんじゃない?」 ………………へっ? 俺の考えを180°覆すような反応に、どう反応していいか分からなくなる 急に肩の力が抜けて、呼吸が楽になったような気分だ もう一度姉ちゃんの顔を見ると、不覚にも俺とそっくりなその顔は至って真面目な顔をしている 「別に、あんたが好きならそれでいいじゃん」 「………マジで言ってんの………?」 「大マジだよ」 てっきり軽蔑されると思っていた 冷たい目で、俺のこと見下すと思っていた だってこんなの“普通”じゃない 俺らしくない なのになんで、そんなに平気な顔していられるんだよ 「な、なんで…………?」 「は?今時恋愛に性別とか関係ある?」 「え……」 「別にいいじゃん、どっち好きになったってあんたの勝手でしょ、違う?」 勇気を出して尋ねてみた すると俺をまっすぐ見つめた姉ちゃんの口からは乱暴な正論が飛び出し俺を問い詰める 姉ちゃんの正論は俺の気持ちをすっと軽くしていく 違くない……… そりゃ同性を好きになるなんて、まだ一般的じゃないけどだめだなんてことないんだよ、な… 「で?あんたは男が好きになったからそんなに目ぇボコボコに腫らすまで泣いたわけ?」 「………ちがうけど………………」 「その男に泣かされたの?」 「……………」 俺は表情を濁して口を噤んだ どうやらこの女には、俺の全てが手に取るように分かるらしい 女の勘って本当に鋭いんだなぁと改めて思わされた気分だ じっと目力の強い瞳で見つめられた俺はばつが悪くて思わず視線を泳がせる するとまた姉ちゃんがため息を吐く 「図星ね」 「……………うぅ」 もうここまで来てしまったんだから全部正直に話してしまおう、ふとそんな気持ちになった それから俺は行きの電車の中でキスされたこと、忘れてくれって頭を下げられたこと、それに対して怒鳴り散らしたこと、全て洗いざらい姉ちゃんに話した まぁ、駅のトイレで抜いたことだけは黙ってたけど… また泣きそうになったけど、姉ちゃんの前だって思うと恥ずかしくて必死に耐えた 「なにその男、あんたシュミ悪いの?」 「いっ、いやそんなことないと思うけど……」 「分かってる?あんた傷付けられてるんだからね」 「は、はい…………」 一通り話し終わるなり姉ちゃんの喧嘩腰が始まる 長い脚を組み、チッと舌打ちをする だけどこれは俺のために言ってくれてるものだと思ったら、少し嬉しく感じる 「本当ならあんたを泣かせる男なんてやめときなって言うけどね」 「う、うん……」 「でも好きなんでしょ?そいつのこと」 「…………………うん」 ばっちりメイクの俺そっくりな顔がじっと俺の目を見て言う その一つひとつに相槌を打ちながら耳を傾ける 姉ちゃんがぐしゃぐしゃと俺の髪を乱暴に撫でると、少しだけ優しそうな顔をする 「ねぇ翔、本当に好き?そいつのこと」 そして確認するように、もう一度問いかける それに今度はしっかりと頷くと、姉ちゃんはつり上がった眉毛をふっと下げた 「かわいいねあんたは、本当に」 「はっ…!?な、なに急に…………」 「だから健気なあんたのこと傷付ける男のこと、姉ちゃんは嫌い」 姉ちゃんの色白な手が、今度は俺の髪を優しく撫でる そしてパラパラと落ちる横髪をまた耳にかけると、手の甲で頬をすっと滑らせる 姉ちゃんの温かい手は、アキと違って俺より小さくてすべすべだ だけど同じくらい安心して、身を委ねる 「だけどあんたが好きになった男だから、信じてあげる」 「姉ちゃん………」 「でも次あんたを傷付けたら、今度は許さないからね」 そう言われた瞬間、ポロポロとまた涙が溢れてきた 溢れんばかりの愛情と優しさを注がれた気がして、ますます涙は止まらなくなる タオルケットでぐしゃぐしゃと顔面全体を乱暴に拭われ涙を伸ばし広げられる さっきよりもっとぐちゃぐちゃになった俺の顔面を見て姉ちゃんはまたいたずらに笑う 「もう!男が泣くな!ウザい!」 「ううぅ〜〜〜〜っ、だってッ…」 「姉ちゃんがなんとかしてやる!任しな!」 「んんっ……うっ、うえーん……はなみずが…」 結局涙や鼻水でぐちゃぐちゃになったみっともない顔を晒して大泣きしてしまった 姉ちゃんは俺が泣き止むまで、ずっと隣で笑っていてくれた ウザいなんて言って照れ隠ししても、俺にはお見通しだ なんて、そんな姉の優しさに俺の心は軽くなった 自分の気持ちを理解してもらって、やっぱり俺はアキのことが好きだと思った

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