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彼と姉

「翔くん、いますか?」 「ん、いるよ」 オレの問いかけに目の前の金髪の女性はコクリと頷く 反応こそ普通だが、ずっと警戒するような視線を向けられたままだ ゴクリと唾を飲み込む 心臓の音は大きくなるばかり 強く握りしめた拳には手汗が滲む 「あの、翔くんに会わせてもらえませんか…?」 決死の思いでそう尋ねた だが 「だめ」 翔に似たその女性は一言そう言ってオレを突っぱねる 眉ひとつ動かさずに腕を組んだまま、冷たい瞳でオレを見つめる オレは翔に面と向かって謝って、気持ちを伝えに来ただけなのに なのに何でお姉さんにすら許してもらえない 「何でだめなんですか…?」 「何で?自分で分かんない?」 「え………」 「あんた最低、自分勝手に翔を傷付けて勝手に謝って、そんで都合よく会わせてもらおうだなんて」 さっきまでぴくりとも動かなかった表情が、オレの問いかけをきっかけに一変した 彼女は眉を釣り上げると組んでいた腕を解きオレに向かってかつかつと近寄りながら饒舌に言葉を放つ やっぱりこの人は昨日の事情を知っていた 「翔ね、昨日泣きながら帰ってきたの」 「………」 「過保護かもしれないけど、今のあんたじゃ翔には会わせてやれないよ」 「っ……………」 「ごめんね、昨日翔に全部聞いたからさ」 突き付けられた言葉 昨日オレは何度翔を泣かせたんだろう 翔が悲しそうに泣いている姿を想像するだけでぎゅっと胸が締め付けられたみたいに苦しくなる それと同時にこの人の言葉が深く胸に突き刺さる 尋常じゃないほど胸が痛むのは、この人の言葉が正しいと思ったからだ 今のこんな情けなくて自分勝手なオレは、翔に会う資格なんてない この人にも認めてもらえない きっとまた、翔を傷付けてしまう 突き付けられた事実が、目の前をぐらつかせる 「翔、かわいいでしょ」 「え……は、はい」 「あたしが大事に育てたの、少し捻くれちゃったけど根は素直でいい奴になるように」 「………」 怒りに染まっていた瞳が、優しさの色を含み出す 翔と似たその瞳をじっと見つめ、オレは必死になって優しげな声に耳を傾ける 「だから過保護かもしれないけど、今のあんたに翔は勿体無いくらいだと思うよ」 「…………」 「バカで生意気だけど、優しくてかわいいあたしの弟だから、今のあんたにはやれない」 正直何も言い返せなかった この人がどれだけ翔を大切に思っていて どれだけの優しさで翔を守ってきたか、痛いほどに感じた オレが守っていたものより大きなものを、翔の心をこの人はずっと守ってきたんだと感じた 悔しくて、でも何も言い返せなくてもどかしい だが今のオレにはぐっと拳を握りしめてそのもどかしさに耐えるしか術がない 「それ、翔への預かりもの?」 「はい……」 「わざわざありがとね、それだけ受け取っとく」 カバンからはみ出た封筒を指差される それを言われるがままにカバンから出してお姉さんに差し出すと、色白な手でパッと受け取られる じゃ、と言うとお姉さんはオレに背を向け玄関の扉へ向かって淡々と歩き出した オレのチャンスも、ここで終わりだって言うのか 嫌だ こんなところで折れたくない 翔への想いは、誰かに言われて捨てられるような軽いものなんかじゃないんだ 汗ばんだ拳をぐっと握り直す そしてすうっと息を吸い込むと、まっすぐ前を向いた 最後にこれだけでも、と思い出た言葉 「オレ、お姉さんに何言われようと、翔が好きです」 精一杯の力を込めてそう言い深く頭を下げた 生意気かもしれないけど、これだけは譲れなかった 拳がプルプルと震える 頬を一滴の汗が伝い、そのまま熱のこもった地面へぽたりと落ちていく 心臓が、今までにないくらいばくばくと暴れる だけどこれだけは、譲りたくなかったんだ 誰かに何かを言われても翔への想いは消えたりなんかしないこと そして、オレが本気だってことを証明したかった くるりと振り返る金髪の頭 数秒間沈黙したままオレをじっと見つめると、ほんの少しだけ頬を緩ませてまたオレに背を向けた そして何も言わないまま玄関の扉に手を掛け、そのまま家の中へと入って行った その姿が見えなくなった瞬間、ドバッと汗が噴き出す その場にぼとりとカバンを落とすと、はじめて自分の息が上がっていることに気付く 死ぬかと思った……… 人生でこんなに緊張したのは、はじめてだった 翔には会えなかったけど、翔への手紙は届けた 翔への想いも、オレの本気もぶつけた 悔いはない 明日は翔に会えることを願い、オレはもう一度深く頭を下げて翔の家を後にした

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