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手紙

姉が理由も言わず玄関の扉を出て行った後、しばらく待ったがなかなか帰って来ない 結局ゲームを再開して俺はひとりで連敗記録を止めるための特訓をしていた カチカチと右手の親指でボタンを連打し、コンピューターの敵と殴り合う だがふとした瞬間、頭にアキの…いや広崎くんの姿や声が浮かんでくる それもさっきから何度も 俺が姉ちゃんに負け続けているのは、もしやこの邪念のようなもののせいではなかろうか、と勘ぐるもさすがにそれは違うと自分でツッコミを入れる なんだよさっきから…… そりゃ広崎くんに対しての気持ちは“好意”だけどだからってこんなに何度も何度も頭の中に浮かんで来やがって… これじゃまるで恋する乙女だ おりゃっ、と強烈なハイキックを繰り出し俺の完全勝利 コンピューターの敵が地団駄を踏んでいる するとがちゃり、と玄関の扉が開く音がした 扉が閉まるとドスドスとまるでゴリラのような足音がこちらに向かって来る こりゃ姉ちゃんの足音に違いない 「ただいま」 「お、おかえり、どこ行ってたの」 「ちょっとね」 リビングの扉が勢いよく開き、俺の予測通り帰ってきたのはゴリラのような姉 その姉はどこかニヤついた表情をして、さっきは持っていなかった茶色い封筒を左手に持っている 郵便でも待ってたのだろうか そういえば先週、姉ちゃんが好きな格闘家が初の写真集を出版したとか何とか言ってたっけ 袋の中身を透視してやろうと目を細める だがその封筒は、姉によってあぐらをかいた俺の脚の上にぽとりと落とされる 封筒の尖った角が太ももにぷすりと刺さり、少しだけ痛かった 「へっ?」 「これ、あんたに」 「俺に?なに?これ」 「お届けもの」 どうやら封筒は格闘家の写真集ではなく、俺宛てのお届けものらしい 俺の問いかけに短く答えると姉ちゃんは隣にあぐらをかいて座りコントローラーを持ち直す 「さ、リベンジする?」 「ね、姉ちゃん」 「ん」 「さっき何してたの?」 リベンジも大事だが、それよりも姉ちゃんの様子が気になった俺はコントローラーを握ることなく尋ねた すると姉ちゃんは対戦相手をコンピューターに変更し、ひとりで試合を始めてしまう かちゃかちゃと器用な指さばき とても長いネイルをしているギャルの指さばきとは思えないほどに華麗だ 順調に敵に連続回し蹴りを決めながら、少しの沈黙を破って姉ちゃんが話し出した 「さっきイケメンが来たよ」 ぽつりと一言言って、また回し蹴り 呟かれたその言葉の意味が分からず俺は首を傾げる 一度手に持った封筒の送り主を確認してみるも、名前どころかうちの住所すら書かれていない これ、郵便じゃないのか……? というかイケメンって誰だよ…… 「例のその“輝”ってやつ」 疑問に思う俺の心を読んだのか、ローテンションなまま姉ちゃんはそう言った そしてコンピューターの敵に連続パンチをお見舞いする アキが来た……? なんで……… まただ またアキの存在が俺の中で膨らんでいく またあの笑った顔や優しい声や触れた唇の感触が、鮮明に蘇っていく 考えないようにしよう、と思ってたのに 広崎くんなんて慣れない呼び方もなんだか今思うと意識してしまっているみたいで気持ち悪い 「翔に会わせてって言われたけど、追い返したから」 「っな、なんで!」 「当たり前でしょ、姉ちゃんが一発お見舞いしてやったから感謝しなさい」 「えっ、お見舞いってなに、殴ったの!?」 俺の問いかけに答えることなくコントローラーを置いて立ち上がる そしてなぜか俺の頭をぐしゃぐしゃと乱暴に撫でると、何も言わずリビングから出て行った 画面にはYOU WINの文字 ど、どういうことだよ………… ボサボサにされた髪を整えながら受け取った封筒の口を開く 中には保護者懇談会の出欠表と夏にある林間学校のお知らせが入っている それに男っぽい字で出来る限り丁寧に書かれた授業ノートの写し 濃く書かれた男っぽい文字は、えらく筆圧が強いのか消しゴムで消した跡までくっきりと残っている わざわざ届けてくれたんだ…… それにこれ、アキが書いてくれたのかな…… 「なんでこんなに、俺のために…………」 今日の授業内容であろう数学と現代文、それに化学まで全てが丁寧に板書されている 所々にオレンジ色のペンで“テストに出る!”と丁寧に書いてくれている辺りにアキらしい優しさを感じる プリントを全て封筒から出しきり封筒を逆さに向ける すると小さな紙切れが俺の膝の上に落ちてきた ん、なんだろ…………… ノートの切れ端…? どうやらノートの端を手でちぎったような紙の切れ端 俺はそれをくるりと裏返す 『昨日はごめん、 自分勝手なことばっかり言って 明日の朝、いつもの駅で待ってる 広崎輝 』 そこにはノートと同じ字体で、そう書いてあった 駅という字が苦手だったのか、わざわざ何度も書き直したような消し跡がある 小さな手紙を思わずぎゅっと握りしめる 手の中でくしゃくしゃになった紙切れのしわを、慌てて綺麗に伸ばす ア、アキ……………… なんでこんなに、優しくするんだよ…… 俺は自分の気持ちに蓋をしてそれを隠そうと、そんでアキと仲直りしようと必死なのに こんなことされたら俺、もっと好きになっちゃうじゃん…

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