48 / 234

はじめての恋人

電車が来るのをアキの隣に座って待った 少しだけまだここにふたりで居たくて、電車を1つ見送った 「翔の手、かわいい」 「な、なにそれ、意味わかんない…」 「ふふ、どうしよ、すげえ顔にやける」 「恥ずかしいからやめろって……」 でっかい手…… アキが他の人には見えないように俺の手を握る 仕方ないからそっと握り返して、少しだけ力を込める 俺より一回りは大きいその手は、俺の手を握って力を込めたり緩めたりして遊んでいる 隣に座るイケメンをちらりと横目で覗き見ると、彼の言ったとおり口元をにやにやとさせて耳まで赤く染めていた そんな顔を見ると、なんだか俺は恥ずかしくなってしまってぷいっと下を向く つい数分前に、アキから好きだと言われた 嘘だ夢だ幻想だと思ったそれは事実で、俺が泣きながら好きだと言ったその後アキは何度も何度も俺に好きだと繰り返し唱えた 儚く散った、俺の心の条約 だけどそんなのもう無かったことのようにしらけた顔をして自分に言い訳をする そもそも先に好きだって言ったのアキだし、俺悪くないもん 「しょーう」 「?」 「んふ、照れた、顔真っ赤」 不意に名前を呼ばれて反射的にアキの方を向くと、目の前には腹が立つほど整った顔面 思った以上に至近距離にある綺麗な顔に驚いて俺は瞬時に顔を逸らす そっぽを向いた俺の頭を大きな手でぐしゃぐしゃと撫でられる 熱くなった自分の耳を隠すように手で覆うと、またんふふと気持ち悪く笑う さっきのしおらしい態度はどこへ行ったのやら 整った顔を夏の溶けたアイスクリームみたいにふにゃふにゃにしてデレデレして もっとクールなやつだと思ってたのに なんて、そんなギャップも実は可愛いなんて思ってる俺の心の中もきっと溶けたアイスクリームだ 「な、翔」 「ん」 「ちゃんと言ってなかったんだけどさ」 「?」 するとアキはにやけた顔を急に引き締め俺の方に体を向けた 釣られて俺もアキの方に体を向ける こつんと膝がぶつかる なんだろう ちゃんと言ってなかったことって もしかして姉ちゃんに殴られたこととかかな…… そりゃなかなか言い出し辛いだろうけど、言ってくれると助かるな……… アキの真剣な顔をよそに思考が斜め上へと向かう俺 そんな俺の意識を引き戻すように握った手に力を込められた 少し驚いて俺の意識が目の前のアキに戻る するとアキが放った言葉は 「オレと、付き合ってください」 だった 俺の予想とはまたもや違ったアキの発言に、また徐々に顔が熱くなっていくのが分かる ずっと向けられた真剣な眼差し そんな熱烈な視線を向けられて、ますます顔が熱くなる つ、付き合って…………… 「ほ、本気で言ってるん、だよ、ね………?」 「当たり前だろ!ふざけてなんて言わないよ」 「ほ、本当の本当……?」 「本当の本当の本当!オレと付き合って!」 実は冗談で言ってるんじゃないかと疑った 何度も何度も確認するも、アキは至って真剣な様子で本気だとそう言う つ、付き合うってその………お交際のこと、だよな… おデートとかしたりするやつだよ、な…… またもや頭の中がパンクしそうになる 俺の単純な頭はどうやら慣れないことにはてんでダメらしく、さっきから何度も故障しそうになっている それでもアキは俺の手をさっきよりももっと強く握る ちらりとアキの顔を覗き見ると、緊張しているような面持ちをしている 「な、翔、だめ………か?」 口ごもって答え損ねている俺を急かすようにアキが言う まるで餌を目の前に長い間待てをさせられている大型犬のように垂れた耳が見える 付き合うってことは、両思い、ってことだもんな…… 俺の“恋”は叶ったってことだよな………… そんなの、答えは決まってる………… 「…………………………だめじゃ、ない」 恥ずかしくて目を見て言うことはできなかったけど、その代わりに強く握られたその手を強く握り返した ほんの少しだけ表情を伺うようにアキを見上げると、アキは口に手を当てて小さく震えている 「へっ、アキっ!?ど、どっか具合でm……」 「よっ…しゃあああああああッ!!!!」 「ちょっ、なにっ、静かにしろっ」 具合でも悪くなったのかと思って声をかけたその瞬間、アキが立ち上がって大きな声でそう言いガッツポーズをした あまりの声の大きさに周りの人の視線が一気にアキに集中する それに気付いた俺は慌ててアキの腕を引っ張り椅子へ引き戻して無理矢理口を塞ぐ 「ちょっと、急にでっかい声出すなって…」 「へへ、ごめん、嬉しくてつい……」 悪いだなんて思ってなさそうなおどけた表情で頭を掻くアキ そんな姿も普段の大人っぽい姿とは違って少し幼げで、新しいアキが発見できたって内心喜ぶ俺がいる すると笑うアキを見て俺はひとつピンと来た 「でも付き合うには条件がある」 そう提案すると、アキはショックを受けたように口を開け目を泳がせる “条件”って聞くと悪いことばかり想像しがちなのはきっと人間の心理なのだろう そんなアキの手を、俺はまたぎゅっと強く握った 「昼休みも、俺と一緒に……いること………」 自分で思いついたくせに、言ってる途中で何だか恥ずかしくなってしまう だが徐々に小さくなっていく俺の声を、アキが聞き逃すことはなかった 様子を伺うようにアキの顔を見る するとそこには、ぽかんと小さく口を開けたアキの姿 驚いたように見開いたその瞳にはうっすらと涙が浮かんでいるようにも見える アキを解放したかった あの呪縛から アキから自由を奪う呪縛から、救いたかった あと、俺が一緒にいたかった 前にアキは、男友達であってもアキと特定の時間を共に過ごしたりすると女子から反感を買うと言っていた 1年の頃に健や山本がその対象にされたと悲しそうに言っていた だけどそんなの、どうでもよかった 女子から反感を買おうが そんなの俺、気にしないよ だから 「昼休み、今日から俺と一緒にご飯食べよ…」 そう言って今度はまっすぐアキの瞳を見つめた アキがぐっと何かを堪えるように唾を飲み込み、そしてにっこりと笑った 「…ん!今日からよろしくなっ!」 そう頷いたアキの笑顔は仮面のように張り付いた笑顔とは違う、心からの笑顔だったんじゃないかなと そう思えるくらいに清々しかった そんなアキの笑顔を見ると、俺も釣られて頬が緩んだ 高村翔、16歳、はじめての恋人は男でした

ともだちにシェアしよう!