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幸せな男
オレにとって、一世一代の告白だった
生まれてはじめての恋
そして生まれてはじめての告白
自分から歩み寄ることをして来なかったオレにとってそれは人生で最も勇気を出した瞬間だったと自信を持って言えるだろう
ちゃんとごめんって、言えた
好きだって、目を見て言えた
オレの恋が儚く散ろうがどうなろうが、当たって砕けろと思っていた
それなのに………
「好きだっ、ばかぁっ!!」
翔はそう叫んだ
大きな瞳から溢れる涙のやっぱり粒が大きくてキラキラしていて
小さく震える華奢な手が愛しくて
翔が投げやりに放った言葉はオレの中でまるで教会の鐘のように長く鳴り響いた
「な、今オレのこと好きって言った?」
「うっ、うるさいっ……2回も言わない……ッ」
翔に詰め寄ってその言葉が事実か問いただすと、涙で濡れた目を制服の袖で擦りながら悪態をつく
だけどその言葉だけで、じゅうぶんだった
翔が好きだと言ってくれた
夢なんじゃないかと疑ったが、手のひらに触れる人肌はきっと偽物なんかじゃないし
目の前でぽろぽろと零れ落ちる涙の雫だって偽物にしては綺麗すぎる
「うれしい、好き、翔好き」
「やだっ、何回も言うなっ…うるさい………ッ」
「好き、すげえ好き、なぁ、好きだよ」
「もっ…もういいってっ………やめろってば……ッ」
それからは気持ちが溢れて好きだ好きだと翔に言いまくった
何度も言うと逆に安っぽく聞こえたりするかな、と思ったが言わずにはいられないほどに気持ちが溢れたんだ
翔はオレが好きだと言うたびに顔を赤くして怒る
そんな恥ずかしがってそっぽを向いてしまった翔の手を、俺はぎゅっと恋人繋ぎにしてみた
そしてそれを隠すようにふたりの体で挟む
一瞬驚いたような顔をした翔だったが、今度はやめろなんた言わずに黙って少しだけ手に力を込めてくれた
それから翔と手を繋いだまま電車が来るのを待った
まだ抱き締めるには人が少ない電車には乗りたくなくて、電車を見送る
そんな時オレは大事なことを思い出す
まだオレ、翔に付き合ってと言ってない
これは一大事
男たるもの、こういうことはちゃんとしなければ
そう思いもう一度勇気を出して翔に体ごと向け、真剣に交際を申し込んだ
誰かに告白することや、付き合ってくれと言うことがこんなに勇気のいることだったなんてと今更になって思う
オレに告白してくれた子たちのことを、今更ながらに少し尊敬した
目を泳がせて口ごもる翔に急かすように問い詰めると、真っ赤に染めた顔をこちらに向けることなく翔が小さな声でそう言った
「…………………………だめじゃ、ない」
それがどうにも嬉しくて可愛くて
気付くとオレは大声を上げてガッツポーズをしていた
隣で恥ずかしそうに焦る翔に腕を掴まれ現実に引き戻されると、また嬉しさが込み上げてくる
オレ今、世界一幸せな男かもしれない
そう思えるくらいに幸せで
こんな幸せを感じたのはいつ振りかも分からないが、そんなものどうでもよくなるくらいの多幸感に包まれた
だが次の瞬間、オレは世界一幸せな男から宇宙一幸せな男へと格上げすることになる
「昼休みも、俺と一緒に……いること…………」
条件がある、と言って翔が提示したもの
その提示された条件を聞いた時、オレは言葉を返すことができなかった
涙が溢れそうになった
やっと、自由になれる
翔のためなら自由も手に入れられるんじゃないかって、そう思っていたのがついこの間
まさかそれが現実になる日が、こんなに近くにあったなんて
ましてそれを翔が与えてくれるなんて
震える唇をぎゅっと噛みしめると、翔が繋いだ手に少しだけ力を込めた
「昼休み、今日から俺と一緒にご飯食べよ………」
ずっときょろきょろしていた目を、はじめてオレにしっかりと向けて翔が放った言葉
ぐっと堪えた涙が今にも溢れてしまいそうで、だけど翔の前で泣くのが小っ恥ずかしくて下を向きそれを必死になって隠す
世界一幸せな男から、宇宙一幸せな男になっちまった
こんな贅沢、神様は許してくれるのだろうか
いや
今はこの与えてもらった贅沢に存分に溺れてやろう
翔がくれた幸せを無駄にしないように、余すことなくこの体と脳と心に焼き付けよう
それからは人が増える駅でいつものように横に並んで立ち翔と電車が来るのを待った
気が付くと普段の待ち合わせ時刻の5分前
翔と過ごす時間はあっという間に感じる
電車が来るといつものように翔をエスコートして乗り込み、翔を壁側に追いやる
「な、またいつもみたいに、してもいいか………?」
壁側で小さく縮こまる翔に問いかける
勝手にするのも不躾だし、オレには前科があるからしっかりと許可を取るつもりで聞いた
オレの問いかけに翔は少し沈黙すると、扉が閉まるのとほぼ同時にこくんと小さく頷いた
「ふふ、ありがとな」
「……」
つんと尖らせた唇がかわいくて、またキスをしてしまいたくなる
そんな欲をぐっと堪え、オレはまたいつものように翔の両サイドに手をついて翔の壁となる
するとその時だった
「!」
今まではずっとオレの腕の中で棒立ちだった翔の腕が、きゅっと控えめにオレの腰に回される
そして耳まで真っ赤にした顔を隠すようにそっぽを向くと、オレの胸にそっと寄り添ってきた
や、やばい…………!
今度は銀河系一幸せな男に昇格のようだ
もうこれ以上の表現は思いつかないぞ、どうしよう
多幸感でいっぱいになったオレは思わず翔をぎゅーっと抱き上げたくなるが、TPOをわきまえぐっとそれを堪える
その代わりに、翔の両サイドについた腕をどかすと片方は翔の細い腰へ
もう片方は小さな頭の後ろへと回した
同じ男とは思えないほどいい匂いがする
何かシャンプーみたいな柔らかい石鹸の心地よい香りに、思わず抱きしめる腕に力がこもる
しばらく満員電車に揺られていると、オレの腕の中でスースーと寝息が聞こえた
体を揺らさないようにしながら翔を見ると翔はオレの胸に身を預けて眠っている
伏せられたまつ毛が長くて綺麗だ
かわいらしい目元をじっと眺めていると、目の下にかすかにクマが出来ていることに気が付いた
きっとしばらくちゃんと眠れなかったんだろう
ごめんな、翔、色々悩ませて
そう思いながらもぷうぷうと寝息を立て穏やかに眠る翔が有り得ないくらいに愛しくて
結局我慢できなくなったオレは腕の中にいる翔のおでこにそっと唇付けた
これくらいならしても許される、よな……?
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