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内緒の関係
アキと正式に、恋人になった
俺自身誰かと付き合うことですらはじめてだが、そのはじめての相手はまさかの同性
つい数週間前の俺には予想もつかなかっただろう
恋人ってどんなことをするのかもよく分からないが、ひとつだけ分かったことがある
「輝くんっ!おはよっ♡」
「ちゃんと眠れたぁ??」
「あとで教室行くね♡♡」
2日振りのアキとふたり並んで歩く通学路
たった2日空いただけなのにとても久しぶりに感じる
そんな通学路をアキと並んで歩いていると案の定アキのファンクラブのメンバーであろう女子たちがアキを見つけて駆け寄る
アキは女子たちに向かって短くおはよ、とかうん、と返事をする
この間まではこんな光景、何とも思わなかった
だけどひとつ分かったこと
それは俺がこの光景にモヤモヤし出したこと
“恋人”という名前のついた関係になった途端に謎の独占欲みたいなものが芽生えはじめたのだ
何かこう、胸のあたりがむずむずして痒い感じがする
今まではアキが女子に取り囲まれることも空気扱いされることも何とも思っちゃいなかったのに
俺ってこんなに女々しかったっけ………
アキを好きになってから、俺かなり性格変わった気がする
「翔、どうかしたか?」
「いや、別に…………」
アキに性格まで変えられてしまうのは何だか癪だ
生ぬるい視線をアキに向けながら問いかけに返事をするも、俺の思いに気付かないアキは隣でにっこりと笑っている
そのまま教室に着くまで、俺はアキがいつ俺の視線に気付くかひとり遊びをしながら歩いた
こういう時は鈍いのか、アキが俺の生ぬるい視線に気付くことはなかった
昼休み
「輝くんっ!今日はどこ行くー?♡」
「今日は天気がいいし校庭にしない?」
前と変わらぬやりとりが、教室の真ん中で行われている
他クラスの女子も遠慮なく俺たちの教室に足を踏み込んでアキの腕を掴む
アキ………今日から俺と一緒だって約束したけど……
心配になりながらアキを見つめる
健はいつもの光景を全く気にする様子もなく俺と机をくっつけている
すると
「ごめんな、今日からオレ、教室で食うから」
「えっ?」
「悪いけど、自分の教室に戻ってくれ」
アキはいつもの笑顔で淡々とそう言った
腕を掴む女子たちも目を点にしたように呆然として首を傾げている
そうしている間にアキは他クラスの女子たちの背中を優しく押して廊下に追い出す
「ごめんな」
そして一言そう言うと、教室の扉をぴしゃりと閉めた
教室全体がしんと静まり返る
みんながアキに注目して、ぽかんと口を開けている
注目の的であるアキが俺の方へと近付いてくる
俺の隣の健も異様な雰囲気に気付きポテトチップスの袋を開ける手を止める
俺たちの目の前でアキは立ち止まる
「健っ!今日からオレも一緒にいいか?」
「へっ?」
「アキ……」
明るくそう言って、健のふわふわの頭を撫でた
健はぽかんとした表情でアキを見上げる
そんなアキを俺は心配になりながら見つめると、俺に視線を合わせたアキが緩やかに微笑む
「うっ、うん!」
「よっしゃ〜、ありがとな!」
「えへへ、今日からまたヒロくんも一緒!?」
「おう!よろしくな!」
「やったーっ!!」
状況を理解した健が、ぱっと瞳を輝かせる
そしてぶんっと音が聞こえそうなくらいに激しく頷くと無邪気に笑ってアキの手を引く
1年の頃、アキと昼休みを過ごして女子に突っぱねられた健にとってもきっとこれは嬉しかったんだろう
「なになに、輝今日からこっちいんの?」
状況を聞きつけた山本も続いてアキに駆け寄ってくる
そしてアキの肩に腕を回すと、うりうりとじゃれて頬を擦り寄せている
「あいつら、ウザかったよな」
「はは、そんなこと……」
「輝お前、よく耐えたよな!」
「お前モテて羨ましかったけど、実際あんな風にされるとキツいよな」
そう言ってアキにぎゅっと抱きつく山本
すると他の男子も集まってきて、みんなアキを労うような言葉を掛けた
みんな、分かってたんだ
アキが自分の意思で女子たちに連れ回されていたんじゃないと
無理して耐えていたと
アキに優しい言葉を掛けるみんなを見て、なぜだかまた涙が溢れそうになる
それを堪えてほんのりと笑うと、くしゃっと笑ったアキと目が合った
「ありがとな」
口パクでアキがそう言った
そしてまたくしゃっと眉を潜めて幸せそうに笑い男子たちとじゃれ合う
俺は目の当たりにした男の友情ってやつに胸が熱くなった
「翔、ヒロくんに何かしたの?」
「へっ!?」
不意に健がそう尋ねてきた
ギクッとして健の方を見ると手には2つ目のポテトチップスの袋
それを何も言わず奪い取り持ってきたおにぎりとすり替えると、それを素直に受け取る健
「ヒロくんね、翔が来てから明るくなった気がする」
「そ、そうかぁ…?」
「んふ、翔とヒロくん、もう仲良しなんだね!」
てっきりもう俺たちの関係を勘付かれたのかと思った
だがどうやらそうではなく、ただ単純にアキの変化に気付いていただけのようだ
びっくりしたぁ…………
バレたかと思った………………
そう、俺たちの関係はいわば“内緒”の関係
男同士で、まして人気者のアキとつい最近転校してきた平凡な俺が付き合ってますだなんて
他の誰にも言えない
俺たちが男女だったら違ったかもしれない
アキが人気者でも、俺は人気者の彼女として振舞っていたかもしれない
だけど違うから
自分たちの身を守るために内緒にしようと、アキと決めた
きっとこれから大変なことも葛藤することもあると思う
男同士のカップルがまだ一般的じゃない世の中で、もしかしたら辛い思いをする日が来るかもしれない
だけどそんな時も
アキと一緒に乗り越えて行けたらいいな
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