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事故じゃないチュー

家まであと10分もすれば辿り着く いつもよりアキと一緒にいる時間は長いけど、アキと一緒に歩くと時の流れが早く感じる アキとこの道を一緒に歩くのははじめてだ どうやらアキが言うには前に俺の家に来た時に、俺の家の前を通っても自宅にちゃんと辿り着ける道を見つけたらしい だがアキにとって遠回りしていることに変わりはない 「アキ…本当によかったの……?遠回りして」 「いーの、オレが一緒にいたいから」 「う………」 「気にすんなって、な?」 そう尋ねるも、アキは笑って俺の頭をがしがしと乱暴に撫でるだけ いちいちこうやって頭ばっかり撫でられてちゃ、俺近々ハゲちゃうかもしれない それでも隣でにっこりと歯を見せて笑い、目尻にたくさんシワを作るアキがワンちゃんみたいで可愛くて、拒否することもできそうにない アキはどうしてこんなに優しいんだろう きっとご両親も優しい人で、愛されて育ったんだろう そう思いながら歩いていると、俺はある重大なことを思い出してしまう 「あのさ、この間うちの姉ちゃんに会った、よな…?」 それは先日の出来事 その日俺は学校を休み、アキがうちにプリントやノートの写しを届けてくれた日 その時アキに会った我が姉みさきが、ご無礼にも一発お見舞いしてやったと豪語していたのだ アキは優しいから言わないけど、もしかしてどこかブン殴られたんじゃないだろうか……… その心配が頭をよぎったのだ 「ああ、会ったよ、金髪の」 「そ、その時さ、どっか殴られたりした……?」 「殴られた!?いやいや殴られてないよ!」 おずおずとアキに真偽を尋ねると、アキは首を横に振って否定した そしてなんでそうなるんだよ、と腹を抱えて笑い出す なんだ、殴ってなかったのか………… アキの答えに、俺は心の底から安堵した だが俺の安堵もつかの間、今度は違う不安が今をよぎる 殴ってなかったとはいえ、ならば一発お見舞いしたとは何のことだろう もしかしてアキにすごく失礼なことを言ったんじゃないだろうかと新たな不安が生まれる 「じ、じゃあさ、何か酷いこと言われた…?」 「いやいや!あんた最悪、とは言われたけど」 「最悪!?」 ほら、やっぱり言ってた どうせこうだろうと思っていたんだ 昔から口の悪い姉は、男だろうが女だろうが関係なしに色んな人に突っかかって行く 俺に対しては優しくしてくれることもあるが、中学から高校にかけての姉はまさしくヤンキーであった 「ごめんアキ、姉ちゃんが酷いこと言って……」 「ううん!お姉さんの言ってることすげえ正しかった」 「?」 「翔のお姉さん、本当に翔のこと大事にしてて超尊敬したよ、オレ」 姉の暴言を謝ると、アキはまた首を振って笑う そしてどこか清々しいような爽やかな顔つきで微笑み、昨日を思い出すように空を見上げる それからアキは教えてくれた 姉ちゃんが俺のことを大事だって言っていたこと そして俺を傷付けるような男には、俺はやらないって言ったこと どれもこれも俺が小っ恥ずかしくなるような内容ばかりでますます顔が熱くなる 姉ちゃんまで俺にそんなカッコいいことを言うんだ 板挟みになって甘い言葉を向けられる俺の身はいよいよ持たなくなってくる 「翔のお姉さん、すげえカッコよかった!」 「そ、そうかな………」 「でもオレも言われてばかりじゃ腑に落ちなくて、去り際に、お姉さんに何言われても翔が好きです、って言っちゃった」 「なっ………!」 恥ずかしげもなくそう言って無邪気に笑うアキ でも正直めちゃくちゃ怖かったぜ、と頭を掻いて眉をハの字に傾ける そ、そんな宣戦布告みたいなこと言ったんだ………! もう何も言うことができなくなる これ以上抵抗しても、アキの王子様攻撃は止むことはないだろうしこれ以上振り回されたら本気で身がもたないもの 俺は黙ってアキから顔を背けて歩く アキは依然としてケラケラと無邪気に笑ったまま 「翔」 「な、なに……」 するとアキがまた足を止め、俺を呼ぶ こうやって名前を呼ばれると恥ずかしかったことも忘れてすぐに反応してしまう俺はチョロいのだろうか 「しょーう、こっち向いて」 「な、なんだ……んっ…!」 アキの呼びかけに顔を上げると、突然唇を何かでむちゅっと塞がれる 俺の顎にはアキの大きな手 もう片方の手はいつの間にか腰に添えられぐっと引き寄せられている それから3秒間、閑静な住宅街の道のど真ん中で唇を奪われた 「こっち向いた翔の負けっ!」 「なっ………!」 唇を離すとまるでいたずらが成功した子供のように無邪気な笑顔を見せるアキ 体を震わせて顔を赤くすることしかできないマヌケな俺 こ、こんな道の真ん中で………! カーッと赤くなる顔 だけどはじめて、事故じゃないキスをした 無意識に指先で唇に触れる アキから目を逸らしてぱちぱちと瞬きをすると、じんわりと目頭が熱くなる 「じゃ、また明日な」 そう言って今度はチュッと短くキスをして、俺の髪をぐしゃっと撫でた そして爽やかに笑うと自転車に乗り俺の返事も待たないままあっという間に姿を消す 呆然と立ち尽くす俺 「お熱いわねー、あんたたち」 するとどこからか聞き覚えのある女の声 くるりと振り返るとそこは自宅の前で、玄関の門の前にはキラキラ輝く金髪頭の女がひとり 「輝も大胆な男ね」 「みっ………見てたの……………!?」 「見てないよー?お姉ちゃん、男子高校生の熱烈な路チューなんてこれっぽっちも見てないよー」 そう言いながら先に玄関の扉を開ける姉 ニヤリといやらしく笑うと、俺が入る前に鍵をかける何とも地味な意地悪をされる いやむしろ、あんな場面身内に見られたんだ しばらく家には入り辛い 結局鍵を開けずに玄関前に座り込む ああ、穴があったら入りたい………… 今日は死ぬほど恥ずかしい恋人1日目だった

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