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雨
「おっ、輝!今日もイケメンだな!」
「あはは!なんだよそれ!」
「輝くんおはよっ!」
「おう、おはよ」
アキの後ろを付いて教室に入る
アキが教室に入るといつもと同じようにクラスメイトたちがわらわらと集まってアキに絡む
それを横目に人混みを避けながら自分の席である窓側の角の席に着く
アキの様子はいつもと同じ
明るく気さくに振る舞いにっこりと笑う
俺は自分の席に座りその様子をじっとりと眺める
隣では健が朝ごはん代わりのポテトチップスを取り出すも、今はそれを注意する気にもなれない
すると俺の視線に気付いたアキとバチっと目が合った
「!」
だが次の瞬間、アキはふいっとまた目を逸らし男子と一緒に廊下に出て行ってしまう
今のは完全に目が合っていた
いつものアキならにっこりと笑いかけてきたり、機嫌が良いとウインクまでして来るのに
それなのに…………
「はぁ…………」
本日何度目かも忘れてしまったため息を吐く
机に頬をべたりと付け健の方をじっと眺めると、まるで俺がお菓子を注意しないのを不気味に思っているかのような態度だ
そしてどこかビクビクしながら俺に向かって口の開いたポテトチップスの袋を向けてくる
普段ならそれを奪ってやるところだが、俺は差し出されたポテトチップスの袋からそれを1枚取り机に頬をべったりくっ付けたままゆっくりと口に入れる
俺が朝からお菓子を口にしたことに心底驚くように健はきょろきょろと辺りを見回している
「うまいな………」
「で、でしょ!?たまにはいいでしょ!?」
「うん………」
ぽつりと小さな声で呟くと、健は途端に瞳をキラキラと輝かせて喜び出す
そして手に持った大きめのポテトチップスを俺の口に無理矢理突っ込んで来る
塩のしょっぱい味が、俺の気持ちをもっとしょっぱくさせる
「はぁ……………………」
「翔、どうかしたの………?」
「ううん………何でもないよ…………」
「そ、そっか……」
まる聞こえの大きなため息に健がそう声を掛けてくれる
だがまずそもそも相談できる内容なんかじゃなくて少し口元を緩ませ無理に笑顔を作った
きっと今の俺の態度は何でもないような態度じゃなかったと思う
それでも健は深入りしようとせず、またいつものように無邪気に笑って俺の口にポテトチップスを運んだ
健の優しさが妙に身に染みて、また涙が溢れそうになった
その日の放課後、俺はアキを置いてひとりで学校を出た
アキが学級委員の仕事で先生に呼び出されている隙を狙った
そのまま学校の最寄駅までまっすぐ向かい地下鉄に乗る
帰宅ラッシュより少し前のこの時間はまだ人もそんなに多くはない
アキがいつも俺を導く奥のドア側に身を寄せきゅっと縮こまって電車に揺られる
朝ほど怖い思いはしないだろうと思いつつも、どこかでまだ怖がっている自分もいる
そんな自分が情けなくて仕方がない
今日の昼休みも、アキは目を合わせてくれなかった
ごちそうさま、美味かったよと普段通り言ってくれたが、どこかよそよそしかった
そんなアキの態度に心を痛める俺自身に、無性に腹が立った
「うわ……………」
地下鉄を降りて駅の外へ出ると、さっきまで晴れていた空が一気にどしゃ降りに変わっていた
俺のように傘を持たずに雨宿りをする人もいれば、アキのようにしっかり準備してきた傘を差して家路を急ぐ人もいる
そんな忙しない日常の光景に、俺の心は荒む
なんだよ、今朝はあんなに晴れていたくせに……
こうなるならちゃんと母さんの言うことを聞いていればよかった
でももう、どうでもいいや…………
俺はゆっくりと屋根の下から抜け、雨で体を濡らしながら歩き出した
アキ、勝手に帰って怒ってるかな
いや、むしろ俺がいなくて清々したかもしれない
それに俺、今日アキと帰らなくてよかったと思う
きっと今日アキは、俺に別れようって言うつもりだったに違いないんだから
むしろ自分からそれを回避できたなんてラッキーだ
大粒の雨が俺の体を叩く
さすがにこのどしゃ降りじゃ少し痛い
だがどこかで雨宿りする気にも傘を買う気にもなれなくてそのままゆっくり歩き続ける
「っう……ひっ………、ぅ……」
やけに雨が俺の顔ばかり狙って降ってくるから、必死に濡れた袖で目元を擦る
「クソ、…っ、なんで止まんね、んだよ……ッ」
それでも止んでくれない雨に、行き場のない怒りを覚える
俺の横をものすごい勢いで車が通る
タイヤに弾かれた水しぶきで俺の体をさらに濡らすけど、既にこれ以上無いくらい濡れているから気にもならなかった
アキとの1ヶ月を迎えられること
ずっと楽しみにしていたのに
がらんと静まり返った住宅街
普段もアキとキスが出来るくらいには静かだが、この雨のせいで人っ子ひとりいやしない
こんな時だけ誰もいないことに寂しさを覚える
いつもはいないでくれると嬉しいな、なんて密かに思っていたのに
聞こえるのは大粒の雨が地面に叩きつけられる音と俺の足音
「………ぅ、…………ょう……」
どこからかこの1ヶ月ですっかりと聞き慣れてしまった低い声が聞こえた気がする
最悪だ
ついに幻聴まで聞こえるようになった
そろそろ俺、病気かもしれない
「翔!!!」
するとその時
確かに名前を呼ばれ、そして誰かが俺の左の二の腕をぐっと強く掴んだ
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