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傘
金曜日
今日は天気予報で夕方から雨が降ると出ていたので傘を持って家を出る
明日はいよいよ翔と付き合って1ヶ月の記念日だ
明日は翔をデートにでも誘ってみよう
まだ一度もどこかへ連れて行けていないし、恋人らしいことはキスしかしていないからな
それに明日でついに1ヶ月経つんだ
オレの心の制約をやっと心置きなく破ることができる
明日デートに誘ってあわよくば夜に、だなんて内心浮かれる自分は相当気持ち悪い
だが翔の顔を見ると、未だにあの夢を思い出してしまう
それに昨日は粗相をしかけてしまったし、これ以上余裕のない所を見せて翔にガッカリされたくない
今日はいつも以上に気を引き締めて、明日に備えなければ
そう意気込んで翔との待ち合わせ場所へ向かった
改札を抜け、いつもの場所に立って翔を待つ
やはり朝の天気予報を見たのかほとんどの人が傘を持っているようだ
しばらくすると翔の姿が見えた
いつものように手を振って笑顔で挨拶をしようとした
だがそれよりも早く、あの夢での光景を思い出す
オレの名前を呼ぶ上ずった高い声
赤く染まる頬に乱れた髪
ところどころに汗の垂れる白くて細い身体
その細い身体に激しく打ち付けられるオレの腰
急に恥ずかしくなって、思わず翔から目を逸らしてしまう
ああ、だめだ
めちゃくちゃ意識しちまう
また翔の顔を見ただけで夢での光景がちらつく
オレの願望をまるまる映し出したようなリアルな夢は、ちょっとやそっとじゃ消えてくれないようだ
「お、おはよ、翔」
「あ、うん…おはよ……」
オレの目の前まで来た翔に、オレの内心が悟られないよう平然を装い笑って言う
だがこの時の翔のどこかたどたどしい挨拶に、オレはちゃんと気付くべきだったんだ
それからいつも通り地下鉄に乗り込み、翔を抱きしめるように優しく壁に押さえつける
正直こうしてるだけで気が狂いそうだが翔がまた痴漢に遭って怖い思いをするよりよっぽど良い
だが、翔はいつものようにオレの背中に手を回そうとせず、ひたすらぐっと胸の前で手を握りしめていた
いつもと違う翔の様子に少し戸惑ったが、気まぐれな翔にもこんな日はあるだろうと思い、何も言わずに一方的に翔を抱いた
学校に着いても、翔の顔を見るとどうしてもあの夢を思い出して話し掛けることができない
本当オレ、翔と付き合ってから全くと言っても良いほど余裕がない
常に翔にドキドキして、すぐにいやらしいことを考えてしまうんだ
結局その日1日、翔とまともな会話もせずに放課後になった
だめだ
意識しすぎて全然普通にできない
今日のオレ、翔に対して感じ悪く見えたかもしれない
こんなんじゃだめだよな
帰りはちゃんと翔と話をして、そしてデートに誘おう
よし、そうしよう
学級委員の仕事を終わらせ、翔が待つ教室に向かいながらそう決意する
そして頭の中で明日のプランを想像して胸を踊らせる
「翔、お待たせ…………ってあれ?」
教室に戻ると、翔の姿はなく教室には健と女子が数人で集まって盛り上がっているようだった
「健、翔知らないか?」
「翔?もう結構前に帰ったよ?」
「え?」
健に尋ねると、きょとんと目を丸くしそう答える
そしてすぐに女子とのトークに戻る
え……帰った………………?
今までだったらこんなことなかった
いくらオレが遅くなっても教室で待っていてくれた
さっきまでワクワクしていたのに、急に頭を妙な不安がよぎる
ふと窓の外を見ると少しずつ空が曇り始めている
それを見た瞬間、オレは思い出した
今朝駅で待ち合わせをした時、翔の手には傘は無かった
この調子じゃすぐにどしゃ降りになる
それにもし折り畳み傘を持っていても、翔がひとりで電車に乗るなんて
未だに少し怯えているというのに
やばい
そう思った途端オレは急いで教室を飛び出した
駅に向かうまでの道のりを見回しながら走る
やばい
オレもしかしたら翔に悲しい思いをさせたかもしれない
思い出すと昨日から、翔を避けていた
もちろん嫌いになったのではなく、恥ずかしくて
だが元々人より自己評価の低い翔だ
オレのこの態度で、勘違いをしてしまっていたら…
嫌な予感がした
ぐっと拳を握りしめる
ぽたり、と滲んだ冷や汗が頬を伝った
駅にたどり着いたが翔の姿は見当たらない
すると駅に入る直前、ポツポツと冷たい雨粒がオレの顔に落ちて来た
ホームを一通り走り回って翔の姿を探したがどこにも見当たらない
「翔…………っ」
もうここはひとりで地下鉄に乗ってしまったと考えるのが妥当だと判断し、オレも地下鉄に駆け込む
降りた時に出口に一番近いと考えて一両目の車両に乗った
翔……頼むから、痴漢になんか襲われてたりしないでくれよ…!!
翔は気付いていないだろうが、翔には人を惹きつける妙な魅力がある
それも男を惹きつけるものだ
細く反った華奢な腰
繊細できめの細かい白い肌
うるうるしたと黒目がちな大きい猫目
すらっと伸びた長い脚
それに男にしては少し大きくむっちりとした丸い尻
痴漢野郎の肩を持つ訳じゃないが、正直翔は男の割に女性的な魅力が高い
それにこれでもかと言うほど無防備だ
別に性格だって喋り方だって、どちらかと言うと男っぽい方だと思うし背も高い
だけど他の男とは何かが違う
触れたくなるのも無理はない、とオレは思う
それなのにボタンを3つも開けたり上目遣いをしてきたりオレを試すような真似をする
翔のことを考えるだけで下半身に熱が下りてくる
正直に言えば何度も抱きたいと思った
何度も何度も、頭の中で抱いて泣かせた
興奮をぐっと抑え、ただひたすら翔の身に何も起きていないことを願った
やっとのことで地下鉄が目的地に辿り着く
扉が開いた瞬間、オレは走って外に出た
急いで階段を登り表に出る
すると外はもうどしゃ降りで、道行く人は皆傘を差している
オレも手に持っていた傘を開き早足でいつもの通学路へ向かった
「翔……」
思わず翔の名前を小さく口走る
いつも翔と並んで帰る道をひたすら走る
オレが走るたびに水たまりの水が跳ねる
しばらく走ると翔が住んでいる家の近くの住宅街までたどり着く
そこでオレは見覚えのある制服に、見覚えのある茶髪
だけどどれもびっしょりと濡れた翔の姿を見つけた
後ろ姿だけどあれは確実に翔だ……!!
「翔!しょう!!」
後ろから大声で名前を叫ぶ
だが翔は聞こえてないのか振り返らずにそのままゆっくりと歩き続けている
オレは走る速度をぐっと速め、翔に触れられるくらいの距離まで近付いた
「翔!!!」
そして翔の細い左腕をぎゅっと掴んだ
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