67 / 234

帰さない

慌てて顔を上げるとそこにははぁはぁと息を切らせ俺の腕を掴むアキの姿 アキは差している傘を俺の上まで持ってくる 今度はアキの体を雨が濡らす まっすぐ向けられた瞳はどこか寂しそうな、不安そうな色をしている 「ア、アキ……なんで………………?」 アキの姿を見てまた涙が溢れて来る 前髪からぽたりぽたりと滴れる雨粒が俺の涙を隠す 「翔………っ、すげえ心配した…………っ」 「え…………」 「なぁ、何でひとりで帰ったりした……?」 真剣な瞳を俺に向け、アキが眉をひそめて聞いた 俺の腕を掴む力がぎゅっと強まる 何でだなんて 何でそんなこと聞くんだよ だって仕方ないだろ 逃げたかったんだ フラれたくないから、逃げたんだよ俺 それなのに………… 「…だって………っ」 「…………」 「だってアキっ、俺のこともう好きじゃないんだろ…?」 「……え?」 涙に釣られて出てしまった本音 もう口にしてしまったから後には引けなくなる 掴まれた腕を振り払うとアキの胸を押して傘から身を引く 冷え切った俺の体をまた雨が濡らし、さらに体温を下げていく 「アキ、俺のこと嫌いなんだろ…?だから最近俺のこと避けてるんだろ………っ!?」 「ちがっ、し、翔………っ」 「俺のことが嫌いになったから、だから目も合わせてくれないんだろ……っ!?」 ずっと心に引っかかっていた言葉の数々が次々に口から溢れ出てくる 一言口にする度に涙がぽろぽろと一粒ずつ頬を伝って落ち地面の水たまりとなって消える 視界も涙で滲み、アキの表情すら伺えない だけどきっと、こんな情けなくて泣き虫な俺を軽蔑しているに違いない 「俺っ…1ヶ月の記念日楽しみにしてたのに…っ、アキは俺のことフるんだろ…………ッ!?」 「待って翔、違っ」 「何で嫌いなのに優しくしたりすんの……!?」 アキの言葉も遮って次々に心に突っかかった思いの数々をぶつける 止まらない涙をごしごしと強く拭いながら、俺はひたすらアキへ言葉をぶつける アキが一歩近付いて、また傘を俺の上に持ってくる 「な、翔っ、聞いて、違うって」 「やだ、さわんなっ………ッ、やだっ……」 「お願い翔、聞いて」 「やだ……っ!」 アキに手首を掴まれる それを払おうとするも、今度は少し強く掴まれ拒むことができない アキの言葉全てに首を振って嫌だと言う だってアキの話を聞くことになったら、いよいよ別れ話になるんだから だから………… 「んッ………!!」 そう思った瞬間、掴まれた腕をぐっと引き寄せられる 久しぶりなようでそうでない、暖かくて柔らかい感触 それは俺の唇を強引に塞ぎ、離そうとしない 「ふ…んんっ、ぅ………ッンむ、んッ……んん」 はじめてアキに腕を掴まれて痛いと感じた きっと今まで力加減を考えて俺の腕を握っていたが、今回ばかりはそうもいかないような本能的な何かを感じる アキの手が俺の腰を捕らえてぐっと引き寄せる 「ンぅ……ぁ、んんッ、ぅ……はっ…んむ…ッ」 すると暖かいそれは俺の唇を押し割って中にもっともっと熱い何かを挿し込んできた その熱い何かが俺の口内を這いずり回り、俺の舌をねっとりと絡めとり、歯列をなぞる はじめての時以来の、激しく貪るようなキス アキは何度も角度を変え、少し息継ぎをするとまた俺の口を塞いで激しく舌を絡ませる 「んぁ…あ、きっ…んぅう、んんッ…」 思わず腰が砕けて抜けてしまいそうになる じんわりと滲んだ涙を頬に伝せたまま、傘に隠れるようにして上手なキスを受ける だめっ……気持ちイイ……………っ 嫌だ こんなことされたら、ますます離れたくなくなる やめてよ そんな思いで必死にアキの胸をドンドンと叩いた すると繋がっていた唇がそっと離れる 俺たちの間には銀色の細い糸が引き、やがてぷちんと切れてなくなる 「ぷはっ、はぁっ……は……はぁ……」 やっとのことで口の中に酸素を取り込む そんな必死な俺の腰を腕に抱いてアキはじっと俺を見つめる その瞳はやはりどこか寂しそうに見えて、俺はばつが悪く感じて目を逸らす 「翔、オレ……っ」 「うわっ………!?」 すると今度はガバッと強く抱きしめられる 俺たちを隠していた傘はぱたんと地面に落とされ、道端に落ちていた小さな石ころひとつを雨から守る 冷たく濡れた体同士がぴたりと密着する アキが俺の腰と背中に腕を回し、苦しいくらいにぎゅっと強く抱かれる 「ア……アキ……………?」 「な、翔、頼むから」 「へ………………?」 「お願いだから、オレの気持ち勝手に決めつけたりしないで…………」 俺にだけ聞こえるような小さな声で、そう呟いた そしてまたぎゅっと腕に力を込める 両腕ごと抱きしめられている俺はどうすることもできずにただアキの抱擁を受けるのみ どくん、どくん、と心臓が強く脈を打つ だけどアキの胸から聞こえる鼓動は、どくどくと俺のものよりずっと速い 心の中に、今までとは違う何かが芽生える アキはもしかして俺のこと……… そう思った時だった 「今日は翔のこと、帰さないから」 腕をがばっと解くと、どしゃ降りの雨の中まっすぐ俺の目を見て力強くそう言った 帰、さない……………? 言っていることがまだよく理解できない俺はきょとんとアキの顔を見つめるだけ だけど鼓動はだんだんと速くなっていく すると今度は俺の腕を再び掴み、傘を拾い上げて歩き出した そのまま俺は自宅の前を通り過ぎ 抵抗も出来ぬまま強引に手を引かれてひたすら歩いた

ともだちにシェアしよう!