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アキの気持ち

濡れた服を全て脱ぎ一度水場で固く絞る ぽたぽたと落ちてくる水滴がほぼ無くなるまで完全に絞ると、しわにならないように出来るだけ綺麗に広げて洗面台に置く そして風呂場へと足を踏み入れる お湯の張ってないカラッと乾いた湯船は白くキラキラ光っている 棚の上も綺麗に整理されていて無駄なものがない 「ここが、アキのおうち…………」 小さく独り言を呟いて、俺はシャワーを手にとって冷たく冷えきった体を流す 暖かいお湯が俺の体を包み込む 置いてあるシャンプーを遠慮しながらも使わせてもらい、雨と湿気でえらいことになった髪を洗う 泡を立てた髪を洗い流すと今度はボディソープを手にとって手のひらで体を洗っていく ふと、さっきアキとしたキスを思い出す あんなキス、はじめてだ 電車の中でされた時よりもずっと熱くて激しくて 気付いたら自分から舌を絡めに行っていた 脳から色んなものを分泌させて頭を痺れさせて、腰を抜かすようなアキのキス 「う…………口がぴりぴりする……」 指先でそっと唇に触れると、まだ感触が残っている 皮が剥けてしまいそうなくらい唇が熱を持ちぴりぴりと痺れている 深夜ドラマよりもずっと激しくて濃いキス そんなハレンチなキスをし、しかも夢中になって求めてしまった自分に今更羞恥心が降りかかる だけどそれと同時に、心の中のモヤモヤが消える感覚 “オレの気持ち、決めつけないで” そう言って抱きしめられた その言葉を聞くと、もしかして俺の思い違いだったんじゃないかって思いが芽生えてくるんだ もし本当にそうだとしたら、俺…………… 一通り全身を流し風呂場のドアを開けると、浅いステンレス製のカゴの中に大きな白いバスタオルと白いTシャツ、それに青色のボクサーパンツが入れられていた つ、使っていいのか…………? ううう、申し訳ない………… 少々引け目を感じながら俺はカゴの中のバスタオルを手に取る バスタオルはふわふわしていて石鹸のいい香りがした 体をバスタオルで拭いて、置かれていたボクサーパンツを手に取る 俺なんかのためにわざわざ新品を……… バスタオル以上に引け目を感じながら、ゆっくりと右足を上げボクサーパンツに足を通す ピチッとした真新しい布の感触が肌を包む 最後に真っ白の大きなTシャツを着た 俺の尻まですっぽりと隠してしまうような大きなTシャツはまるでマイクロミニのワンピースみたいだ Tシャツからはいつも電車の中でする、アキの匂いがした 心地のいい石鹸の香りに上半身が包まれた 俺はバスタオルで頭をくるんで頭巾のようにすると、ドアノブに手を掛けてゆっくりと脱衣所を出た 脱衣所を出て、光の漏れる方へと進む 磨りガラスがキラキラと光るドアを恐る恐る開けると、正面に見える大きなベットにアキが座っていた アキはグレー色の丈の長いスウェットのズボンと黒いVネックのTシャツを着ている 制服や体操着以外のアキを見るのははじめてで、何だか新鮮な気持ちだ そのドアからチラリと顔を出すと、俺に気付いたアキがおいで、と手招きをした それに従いリビングにぺたりた足を踏み入れる 一歩足を踏み入れただけで、辺りがふわっとアキの匂いに包まれる アキの匂い……落ち着く…………… 「ア、アキ……?あの、俺………」 「翔、おいで」 控えめに尋ねるとそう言ってアキは自分の足と足の間のベッドをポンポンと叩く 手にはドライヤーが握られている ここに座れ、ってことかな…………… ちょこちょこと小股でアキに近寄るともう一度ココ、と言われたのでおとなしくアキの膝の間の地べたに座って体操座りをする 「髪、濡れたままだと風邪引くだろ?」 「あ、あの、俺……」 「髪乾かしながらでいいからオレの話聞いて、な?」 俺の上から聞こえるアキの声は、いつものように優しく落ち着きのある声に戻っていた な?って言い聞かせるように確認を取ってくれるのはこの1ヶ月一緒にいて気が付いたアキの口癖 少し安心して、俺は小さく頷く アキの手が濡れた髪にそっと触れ手際よく髪を乾かし始める 「翔…」 「……………ん」 「翔はなんでオレが翔のこと嫌いだなんて思った…?」 髪を乾かし始めると同時にアキが俺に問いかける 落ち着きのある低い声に、俺はゆっくり頷くと口を開いて話し始める 「……アキ、最近俺のこと避けてる気がして…」 「…………うん…」 「目も逸らされてる気がして、それで俺………」 「……………そっか」 一言話すたびにアキが少し遅れて相槌を打つ こんな風に思っていることや辛かったことを打ち明けるなんてまるで子供みたいで恥ずかしく感じる だが声を紡ぐたびに、心はすっと軽くなっていく 「翔……」 「わっ…………!」 アキがドライヤーを止めて俺の髪を優しく撫でる 細くストレートな俺の髪はものの5分で乾いてしまう アキがドライヤーを置き俺の名前を呼びながら後ろからぐっと抱き上げる あっと言う間にアキの膝の上に乗せられてしまう俺 アキの筋肉質な太い腕は、俺なんか余裕で持ち上げてしまう 「……ごめんな、不安だったよな…」 「ア、アキ…………」 「でもオレ、翔のこと嫌いだなんて思ってないよ」 「う…………」 「オレの気持ち聞いて、な……?」 正直すごく恥ずかしかったが、真剣に話してくれるアキの声に安心してされるがまま膝の上で俺は大人しく話を聞くことにした

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