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網走先生(回想)

「もぉ、鍵もカーテンも閉めないで何やってるの」 「え、あ、いや、これは…その、違くて」 「今更誤魔化されてもねえ……」 「あ………ぅ……」 さほど驚く様子もなく、むしろ呆れたように笑う保健室の先生 慌ててアキを俺の上から退かせ立ち上がる 自分が上半身裸なのも忘れてパタパタと手を振り回し必死に思いつく言い訳を口にする 「ほら、そんな格好してないでいらっしゃい」 「あっ………」 「翔、バレちゃったな」 「う、うん………」 先生の様子が思ったよりも普通で、アキと顔を見合わせているとその見目麗しい保健室の主は手に持った資料をデスクに置き俺たちにおいで、と手招きをする 俺は急いで体操服を着るとしぶしぶアキと並んで椅子に座った 「で?ふたりはデキてるの?」 椅子に座った途端に飛んでくる、あまりにもデリカシーのない質問 ビクっと体が固まり、やがて首から顔に向かって徐々に皮膚が赤く染まっていく 隣でアキも照れたように頬を染めている 「翔、もう恭ちゃんには言ってもいいか?」 「………もうバレちゃったし…………ばか…」 「ごめんって、な?」 「うん………」 赤くなった顔を隠すように俯いていると、隣のアキが顔を覗き込んで尋ねた もうこうなってしまった以上、頷く以外の選択肢はなくて俺は仕方なく小さく頷く 「付き合ってます!」 「ふふ、やっぱり♡」 アキが前を向いて、にっこりと笑い堂々と事実を告げた なぜそんなににこにこしていられるのか問い質してやりたかったが、今の俺は恥ずかしさでいっぱいでそれどころではない アキの回答に先生は目をにっこりと細めパチンと両手を重ねる 細められたその目が、少しアキと似ているような気がして、そう言えばこのふたりがいとこ同士であることを思い出す 「あなた転校生の子よね?」 「は、はい…………」 「おなまえは?」 「高村翔、です…………」 「ふふ、じゃあ翔ちゃん♡」 聞かれることに戸惑いながらも答える いちいちうふふと笑う先生はどこか妖艶な雰囲気を纏っていて、ますます戸惑ってしまう こんなにカッコいい顔の男の人から女性のような口調で語られる言葉にも戸惑いつつ、なぜか違和感は感じない 「ヒロちゃんも隅に置けないじゃないの、転校生に手出すなんて」 「まぁ、な」 ハハ、と照れたように笑い頭を掻くアキと、テーブルに肘をついてにこにこ微笑む網走先生 そして会話について行けない俺 すると目の前に座る先生の右手が、するするとこちらに伸びて来た そして突然俺の手をぎゅっと握る 「しかもこんな可愛い子捕まえちゃって」 「かわっ……!?」 「アタシ、食べちゃいたぁい………♡」 「ちょっ、えっ…あのっ…………」 俺の手をいやらしい手つきでふにふにと握られる 俺の方を見ながらトロンと顔を蕩けさせる網走先生に、思わず背筋が凍りつく な、なんだこのやらしい触り方……! 食べちゃいたいって何!? 振り払うことも出来なくてアキに助けを求めようとすると、俺がアキの方を向く前にその手をべりっと剥がされる そして代わりに俺の手に自分の手を重ね、塗り替えるようにぎゅっと握るアキ 「こらっ、翔はオレのだからダメ!」 「ちょっとだけ」 「だめ!翔に触っていいのはオレだけなんです!」 駄々をこねる子供のように言って、先生の手をべちんと叩くアキ それでも先生はめげずに手を伸ばすが、それもまたアキに叩かれ払われている 「もぉ、ヒロちゃん独占欲強〜い」 「当たり前だろ!」 「ふぅん、珍しー」 アキが俺の手をぎゅっと強く握り、隣に座る俺の顔を見つめて言う 先生は諦めたように頬杖をつく と言うよりは元より俺に手を出す気はなかったかのように妖艶に笑っている これは多分からかわれたと、今になって気付く 「で?もうエッチまでしちゃったんだ?」 またまたど直球な問いかけが俺を硬直させる 網走先生の宝石のように輝く瞳が俺をいやらしく見つめながら、自身の首筋をトントンと人差し指でつつく その仕草に釣られてすぐ隣にあった鏡で自分の首筋を見るとそこにはアキに付けられた赤い痕 これっ………!み、見えてるし……………っ!! 握られていたアキの手を振り払い慌ててバッと自分の首筋を両手で隠す 他にも見えてるところがないか急いで確認すると、短い袖から見える二の腕や鎖骨のあたりにも赤く鬱血した痕がちらほら見えた こ、こんなにいっぱい………! 全然気付かなかった………………っ!! 「ん、この間な」 「へー、処女奪っちゃったんだ」 「しょっ……!?」 「まぁな」 照れる様子もなく淡々と答えるアキ こいつはどうやら、バレてしまえば恥ずかしげもなく何から何まで話してしまうタイプのようだ だがアキに存在しない羞恥心の分だけ、俺の羞恥心がぐっと増す しかも処女なんて言われて、もういよいよ爆発しそうだ だがふたりの会話に割って入る勇気も俺には無く、ただ俯いて襲い掛かる羞恥心と戦うことしかできない 「アタシは最近忙しくてご無沙汰なのよね」 「珍しいな、恭ちゃんがしばらくシてないなんて」 「そうなの、超欲求不満」 とうとう俺を無視して世間話を始めてしまういとこ共 そしてどこかに良い童貞いないかな、なんて呟いてため息を吐いている 確かに下半身の緩そうな人だなあとは思ったが、こんなにオープンな人だとは思わず少し驚く 「あのさ、このこと親父には……」 「わかってるって、誰にも言わないわよ♡」 「ん、助かる」 「ふふ、大事なんだ?翔ちゃんのこと」 するとさっきまで下世話な話をしていたアキが雰囲気を変えた そして真剣な目をして先生に言うと、先生もそれに頷き優しく微笑む 「大事だよ、すっげえ大事」 そして恥ずかしげもなくそう言って、もう一度俺の手をぎゅっと握った カッと顔が赤くなるが、真剣な横顔を見るとそれを振り払うことも出来なかった それに俺のことを大事だと言ってくれたことが、心の底から嬉しかった それから先生にこれでもかと言うくらい質問攻めにされ、教室に戻ったのは1時間経ってからだった

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