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キスセラピー

「六条くん、アキに情けない姿見せなくなかったんだよ、きっと」 「………………」 「カッコ悪いとこ見せたくなかったんだよ」 「…………………そうかな」 「ん、今のアキと一緒だな」 「………そっか」 保健室の真ん中で、ぎゅっと抱きしめ合ってお互いだけに聞こえるような小さな声で会話する 俺の首筋に顔を埋めるアキの吐息が掛かって少しくすぐったい アキにはこう言ったけど、真意は俺だって分からない でも男の意地ってそんなもんじゃないかなと俺は思う 俺だったら、ずっと付き合っていきたい相手より二度と会わない奴との方がどうでも良い付き合い方をする 仲のいい奴にほど、カッコ悪いところは見せたくない 仲のいい奴にほど、迷惑は掛けたくない 付き合いが長ければ長いほど 特に六条くんのような他人に頼らず生きていこうとしそうなタイプの人は、きっとそうだと俺は思う 「翔、好きだよ」 「……バカ、何で今言うんだよ」 「好き」 「わかったから」 「大好き」 「ん……」 アキの低い声が湿ったような声色のまま俺に“好き”を与える それに頷くと、いつの間にか俺がアキを抱きしめる力よりもアキが俺を抱きしめる力の方が強くなっているような気がする 「アキ、弱ってる?」 「ん………正直すげえメンタル来てる…」 「俺が慰めたら、アキうれしい?」 「ん…………いっぱい慰めて」 しゅんと落ち込んだ大型犬は、どうやら俺の慰めを待っているようだ そんな傷心の恋人にほんの少しだけ背伸びをして物理的距離を縮める そしてちゅっと薄い唇に自分の唇をくっ付けると一度顔を離して角度を変え、もう一度ちゅっとくっ付ける 「……ありがと、翔好き」 「元気出た?」 「んー………もうちょっと」 「しょうがないな……………」 まだ慰め足りないと言う恋人の要望を叶える為、今度は背中に回していた腕を解いてその綺麗な顔を両手でぎゅっとホールドする そしてそのままむちゅっと深く唇を合わせる いつもならすぐにがっついてくるアキも、今日は俺の下手くそなキスを黙って大人しく受け入れる 今の俺に出来ることがこれしか見つからなくて、俺はアキへ献身的にキスをする 「これで満足か?」 「ん、ちょっと元気出た」 「他にご要望は?」 「………………じゃあエッチしたい」 俺の手を引いて手前のベッドに腰掛けるアキ そして立ったままの俺の腰に手を回し胸にぎゅっと顔を埋めて、曇った声でそう言った その姿がどうにもおやつを貰えなくて耳を垂れさせ落ち込んでいるおばあちゃん家の犬とそっくりで、少し頬が緩んでしまう 「…………今日は抱きたい」 「ん………どうしよっかな」 「な、お願い、オレのことエッチで慰めて」 「……………都合のいいやつだな…」 甘えるような、でもどこか寂しげな声を出しながら俺の腰をぎゅっと抱き寄せるアキ 俺の薄っぺらい胸にぐりぐりと頭をくっ付け、完全に傷心甘えん坊モードのようだ だけどこんなに甘えてくる傷付いたアキを放っておけるほど、俺は鬼じゃない 「……………するのは、家帰ったらな…」 「ん、うれしい、ありがとな」 「…………ちゃんと気持ちよくしろよ」 「する、すっげえ気持ちよくするから」 顔を上げて光を取り戻しつつある瞳を俺に向ける そして俺のお尻を両手ですりすりと撫で、たまにふにゅっと肉を揉んでくる そして俺を見上げたまま口をツンと尖らせる 「もっかいチューして」 「これから1回するたびに100円取るぞ」 「翔のケチ、な、お願い」 「ん…………」 もう一度キスをせがむアキの尖らせた唇に、またちゅっと小さなキスを落とす すると今度は腰を強く引き寄せられ、下から吸い上げられるような激しいキスをされる 「ん、んっ………ぅ、ンっ……んむッ……」 「翔、好き、好き………っ」 「んぅ………ン、んんっ…………ぅ、ン…っ」 アキに覆い被さるようにベッドに膝を付いて、アキからの激しいキスを受ける これじゃまるで俺が襲っているみたいに見えるが、実際は逆だと分かってほしい たまにすりすりとお尻を撫でられるが、今日は拒否せずそのままにしておいてやるとしよう 「んっ、元気出た?」 「ん、翔のおかげで元気出た」 「俺のキスセラピー、すごいだろ」 「ふふ、お店開けるかも」 唇を離してアキに問うと、俺を見上げるアキの瞳はいつものキラキラした王子様の瞳に戻っていた 頬も健康的なピンク色に染まって、もうすっかりいつもの調子に戻ったように感じる お店を開けるかもなんて言っておきながら、オレだけのものだからやっぱだめと後になって否定して笑う そんなアキの頭を撫でてやると、んふふと目を細めて微笑み俺の胸にぎゅっと抱き付いてくる 「アキ……俺、ちゃんと支えるから」 「ありがと、オレも静磨と仲直り頑張るから」 「ん……………」 そうお互いに誓って、今度は優しくキスをした きっと簡単には片付かない六条くんとの問題 だけどきっと、どこかに糸口があるはずだと俺は思ってる 六条くんを変える何かが、きっとどこかにあるはずだから だからアキ、俺も隣で一緒に探すから もうそんな悲しい顔しないでよね

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