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保健室のその裏で

その少し前 「おい〜、あいつらどこ行ったんだよ」 「誰か探してこいよ」 「え、私が行くっ!」 「はぁ?何言ってんの?」 現在2限目の地理の授業の真っ只中 おれは大人しくちょこんと椅子に座り、いつものように読書にふけっていた 少年誌をふたつ重ねて、少し大人向けの漫画に端から端までじっくり目を通す だが普段なら静かな地理の授業も、今日は少しばかり騒がしい それはクラスの人気者でおれの中学からの友達であるヒロくんこと広崎輝と、転校してきた隣の席の翔が教室のどこにもいないから というか探されているのはヒロくんだけにも思えるけど ふたりしてサボるならおれも誘ってくれればいいのに、なんて思いながらも目の前のシーンに目が離せない 「村瀬、探してこい」 するとおれを呼ぶ低い声 だが今はそれどころじゃないくらいにいい展開なので無視無視 「村瀬」 「………………」 「む!ら!せ!」 「なぁにっ!!」 しつこく名前を呼ばれ、いよいよ頭に来たおれは半ギレ漫画をバシンと閉じて立ち上がる すると教卓の前にいたはずのおれの天敵、牛島先生が目の前で仁王立ちしていた あ、あれれー…………… 目の前で腕を組むやたらの筋肉のついた男を見上げる 紺色にオレンジのラインが入ったジャージを着たその男はどう見たって体育教師のようなのに、実は社会科教師なのがまた嫌な感じだ それに鬼ごっこでは本気で追いかけてきて大人気ないし、すごい量の宿題出すし汗臭いし 「オレの授業で漫画とはいい度胸だな村瀬」 頭の中で思いつく限りの牛島先生の思い嫌なところを想像してうんうんと頷いているとまた降ってくる悪の大王のような低い声 顔を上げると牛島先生の額にピリピリっと血管が浮き上がる 「さ、探しに行ってきまぁす…………」 血の気が引いたのを感じると、おれは逃げるようにして牛島先生の横をするんとすり抜け急いで廊下に出た 「どこにいるの〜」 てくてくと廊下を歩き回ってふたりを探し回る このまま道順に行けば保健室にたどり着くが、おれは実は保健室が少し苦手だったりする だってあの先生何か怖いし、女子も保健室には行かない方がいいって噂してる 「やっぱ保健室は後回し……」 やっぱり怖くなったおれは保健室がある廊下の突き当たりに差し掛かる前にくるりとUターンした そして靴を外履きに履き替え、グラウンドに捜索に向かう もしかしたらさっきの授業で忘れ物したかもしれないし、実は倉庫に閉じ込められてるかもだしね 外は太陽がキラキラして眩しい おれは出来るだけ涼しい日影を歩くよう、校舎に沿って木の下を行く グラウンドでは3年生がソフトボールの授業をしているのが見える 「静ちゃん、今何してるかな…………」 ふと、頭の中に静ちゃんのことが浮かんでくる 中学の頃からの憧れで、ぶっきらぼうだったけど優しくて仲良くしてくれた静ちゃん テストではいつも学年トップにいる、静ちゃん なのにここにはいない、静ちゃん ぽつんとその場に立ち尽し俯く しばらく整備されていなさそうな伸びた雑草がちくりと脚をくすぐる 解けた靴紐に気付き、おれはしゃがんでそれを結ぶ すぐ近くには保健室の裏口がある 広く整備された土地には、緑の葉で覆われた大きな桜の木とひらひらと風になびく白いシーツ 花のような柔軟剤の香りにおれは顔を上げた するとその瞬間、目の前に黒い影が飛び出して来た 「ひぃっ!?」 ドサっと窓から飛び降りその長い脚で乱暴に草を踏む 思わず小さく悲鳴を上げ、びくりと肩を震わせる だっ、誰!? 窓から出てくるなんて、もしかして不審者!? もしかしておれ、保健室の先生を襲って逃げる不審者と遭遇しちゃった……っ!? 怖くなって涙が浮かぶ そんな涙の浮かんだ瞳で必死に犯人の姿を目に焼き付けようとする でもやっぱり怖くなって、目を逸らそうとしたその時だった 「うわっ……!」 くるりと振り返ったその男の腕とぶつかってしまい、おれはふらっと後ろによろけてしまう それを地面に倒れる寸前でぐっと腕を掴まれる 一気に近付いたその男の服から、どこか懐かしい匂いがする 太陽が登り、木の影から眩しい光が差し込む その光が男の顔を照らす 「へっ………………?」 光に反射してキラリと何かが青く輝く 実物でなんて見たことのないような赤く染まった髪をオールバックにしたその男の顔に、おれは見覚えがある いや、見覚えがあるなんてレベルじゃない 中学の頃からのおれの憧れ おれを地獄から救ってくれたヒーロー 口数は少なかったけど、優しくて温かくて ずっとあなたみたいな男になりたいって思っていた 「静ちゃん………………?」

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