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放課後デート

次の日の放課後 「翔、今日は薬局寄って帰ろうぜ」 「何か買いたいもんあるの?」 「イチゴのリップ♡」 「も、もう!いらないって!」 語尾にハートマークでも付いてそうな気色の悪い言い方をするアキの肩をべちんと叩きながら、いつもとは違う道を歩く アキの提案で今日はちょっとした放課後デート と言ってもアキが高校に上がるまで住んでいた町の、お気に入りの駄菓子屋さんに連れて行って貰うだけだけど 事の発端は昼休みにしていた会話 アキが前に住んでいたところに、東京ではかなり珍しくなってしまった昔ながらの小さな駄菓子屋がある、なんて話を始めたこと 試しに行きたいと言ってみると、アキもノリノリで頷いてくれて今に至る ちなみに健も誘ったが、今日はお姉さんが早く帰ってくるからとかで来なかった いつもと反対方向の電車に乗り、2駅で降りる しばらく進むとそれなりに賑わっている商店街が見えてくる 普段アキと歩いている道とはかなり違う昔ながらの景色に胸を躍らせながら、アキと並んで駄菓子屋を目指す 「駄菓子屋さんかぁ、何か懐かしいかも」 「翔の地元にもあった?駄菓子屋」 「うん、いつも姉ちゃんにおねだりしてた」 「あはは、何それすげえ可愛い」 子供の頃の思い出に浸るように話す 地元にもあった古い駄菓子屋に、姉ちゃんと2人で来てはいつもおねだりをした 優しかった姉ちゃんは仕方ないなあと言って、いつも当たりくじ付きのガムやアイスを買ってくれたっけ それにアキが中学生の時まで住んでいた町だ アキがどんな場所で育って、どんな場所で時を過ごして来たか知りたくないわけがない 「子供ん時、静磨とよく行ってたんだ」 「へえ、そうなんだ」 「2人揃っていつもしょっぱいやつばっか選んで」 「アキ、甘いのあんまり好きじゃないもんな」 そう無邪気に語るアキ 少し吹っ切れたようにも見えるアキの態度に、俺は少し安堵して大人しく相槌を打つ あまり昔のことにとやかく言うつもりはないので今まで深く詮索なんてしなかった だけどアキの方から六条くんとの思い出話をしてくれて、俺は内心とても嬉しく思う 「いつもジャンケンして負けた方の奢りでさ」 「ふふ、いいな、楽しそう」 「あいつジャンケン強くてさ、オレいつも負けんだぜ」 「へえ、アキ弱いんだ」 そう言って笑うアキと試しにジャンケンをしてみる だが結果は俺の負け 何度やっても俺の負け どうやら俺は、ジャンケンが弱いアキよりも弱いらしい 自分の手をぐーぱーしながら八つ当たりのようにじっとアキを睨むと、何でオレに怒るんだよと困ったように笑う しばらく歩くと細い路地に入った 見慣れない町の見慣れない道 子供の頃に戻ったようなワクワクが俺の胸をときめかせる 「お、見えてきたぜ!」 アキの声にぱっと顔を上げると、アキが指差す先に駄菓子屋と書かれたのぼりが見えた 早足で店の前まで行くと、見事にレトロな昔ながらの駄菓子屋が現れる 「わー、懐かしいなー」 「へえ、すっごいハイカラな店だな…」 「だろ?あ、オレ久々にラムネ買おっかな」 「俺アイスにする」 商店街の角の、そのまた奥の小さな駄菓子屋 たった4畳ほどしかない狭い空間で、俺たちは子供のように商品を手に取って瞳を輝かせる 俺は昔懐かしいアイスキャンディのソーダ味を手に取り、アキはひんやりと冷えたラムネ瓶を取る その他にも10円や20円の懐かしいお菓子をいくつかカゴに入れて、アキと並んでレジに行く 「オレ払うから翔は待ってて」 「えっ、でもこの間も……そんなの悪いよ」 「いーの、いつもお弁当作ってくれるお礼、な?」 「う………………ありがと……」 そう言ってぱちりと綺麗なウインクを飛ばされる そんなこと言われたらどうにも断りきれなくて、結局また今日もアキの奢りになってしまう 「ん?」 ジャンケン負けたの俺なのにな、と思いながら大人しく外でアキを待っていると、駄菓子屋の前に幼稚園の制服を着た女の子がひとり立っていた 年少くらいの小柄な女の子は、ピンク色の丸い飾りの付いたヘアゴムで結んだ2つの髪をひよひよと跳ねさせながら店に並ぶお菓子をキラキラと輝く瞳で見つめている え、どこの子だろう………… こんな小さい子がひとりで…………… 「ね、ねぇ君?ひとり?」 「ことみ?ことみひとりじゃないよ!」 「そっか、ママは?」 「あのねえ、ことみのままはおしごと!」 しゃがんで女の子に目線を合わせ、出来るだけ優しく尋ねてみる “ことみ”と名乗る少女は初対面の俺に対しても動じる様子はなくかなり人懐っこそうだ ええ、ママお仕事って……ひとりじゃん………… どうしよう、迷子かな 「翔……お?どうしたその子?」 「何かひとりで………」 「ひとりじゃないよ!」 「って言ってるんだけど……………」 すると会計を済ませたアキが店の中からとことこと出てくる そんなアキを見上げ、どうしたら良いのか分からない状況の助けを求める 「んー?お嬢さん、どっから来たのかな?」 「ことみあっちからきた!」 「そっか、おにーさんのラムネ飲むか?」 「いいの!?おにーたんありがとう!」 少女に目線を合わせてアキが尋ねる 少女は元気よく商店街の方を指差し、そしてにっこりと目を細めて笑う そんな可愛らしく人懐っこい少女にアキがさっき買ったラムネを差し出すと、小さな手でそれを受け取りまたにこりと笑う 少女の小さな頭をよしよしと撫でるアキを見て、俺は心底感心する だが感心している場合ではない このやけに明るい少女が迷子なら、交番に届けるか親御さんを探さなきゃ そう思い立ち上がったその時だった 「琴美!!!!」 どこかから聞き覚えのある低い声が響いてきた

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