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俺にできること

ぱたぱたと駆けてくる背の高い影 髪は絵に描いたように赤く、目つきは鋭く尖っている 「琴美、お前勝手に行くなって…………」 「し、静磨…………」 「…………………輝」 「え、えっと、昨日振りだな……?」 その正体は、アキの幼馴染であり昨日一悶着あったばかりの相手、六条静磨だった 六条くんはアキに気付くとばつが悪そうに眉間にしわを寄せ、一方のアキはどこかたどたどしい挨拶をする その間できょろきょろと2人を見つめる俺と少女 「…………悪ぃな、妹が世話掛けたみてえで」 「い、いや、全然」 上や下を見ながら会話にもならない会話をする2人 その横で可愛い顔をして、その手にはまだ大きなラムネの瓶を傾ける少女 どうやらこの“ことみちゃん”は六条家の子だったようだ 「これ、お前が琴美にくれたのか?」 「あ、ああ、迷子かと思って……」 「そ、そうか、悪かったな、気ぃ使わせて」 「い、いいって、全然」 お互いにどもりながら未だ視線を合わせない2人 そんな2人にもどかしい思いを抱えつつも、間に入っていく勇気はなくて俺はぽつんと立ち尽くす 不意に六条くんが少女に目線を合わせるように膝を曲げ、そして言い聞かせるようにお説教を始める 「琴美、兄ちゃんいつも勝手に行くなって言ってんだろ」 「ごめんなさぁい…」 「ほら、この兄ちゃん達にありがとう言ったか?」 「おにーたん、らむねありがとう!」 優しく諭すように言うその顔は、鋭く尖った目つきが心なしが優しく微笑んでいるようにも見える 最初の怖い印象とは180度違う優しい姿に、人を見た目で判断するのはやめようと誓う どうやらあまり顔立ちの似ていない妹は、アキを見上げながらその丸い目をきゅっと細めてお礼を言う そんな少女の頭をアキがよしよしと撫でると、六条くんもどこか優しげにその様子を見つめているように感じる 「本当悪かったな、迷惑掛けちまって」 「あ、ああ……」 「ほら琴美、兄ちゃん達にバイバイしろ」 「おにーたんたち、ばいばい!」 妹に手を振らせ、六条兄妹は俺たちに背を向け歩き出す そんな2人の様子を見ながら、俺は隣で立ち尽くすアキの様子もちらりと伺う アキはぐっと唇を噛みしめ、どこかもどかしそうで寂しそうな顔をして六条くんの背中を見つめている ぐっと拳を握りしめるが、諦めたように下を向きで拳を緩める 「アキ………」 「翔………!」 そんな力の抜けたアキの手を一瞬だけ握った その一瞬に力を込めて、ぎゅっと アキがぱっと顔を上げ、泣きそうな顔で俺を見る そんなアキに何も言わず、俺はただこくりと小さく頷くだけ ここで終わっちゃいけないと思った 六条くんの手を引いて、少しでも話をする機会を作るべきだと思った だから 「静磨…………っ!」 「あ、輝…………………」 「少しだけ、10分だけでいいからさ、話しないか?」 俺の隣にいたアキが駆け出し、少し先を歩く六条くんの手を掴んだ 俺も少し遅れてとことこと同じ方向へ向かい、出来るだけアキの側から離れないようにする 「……………分かった」 驚いたように目を見開く六条くん だが少し考えるようにすると、遅れて小さく頷いた そしてあそこに行くか、と至って自然にそう決めると アキは俺を、六条くんは琴美ちゃんを引き連れて2人が言う“あそこ”とやらに向かって歩き出す 「……………翔、ありがとな…」 「…………ん」 アキが小さく俺に囁き、とんっと一度だけ肩をぶつけた 何も言わずに頷くと、アキは俺に向かって穏やかに微笑みまっすぐ前を向いて歩く そんなアキの横顔は、さっきの泣きそうな顔とは打って変わってどこか前向きで決意を固めたような表情をしていたように、俺には見えた それから歩いて5分ほど たどり着いたのは商店街を抜けた先にある小さな公園だった 滑り台とブランコ、そして砂場と変わった形のオブジェが飾られた小さな公園はどこか懐かしいような雰囲気を纏っている 「あ、あの………俺、琴美ちゃんのこと見てようか…?」 「翔……………」 「ちゃんと2人で話した方がいいかなって…」 まだ少し苦手意識があるが、それでも勇気を出して六条くんに声を掛けた もしかしたらよく知らない俺に幼い妹を預けるなんて出来ないかもしれないが、それでもアキのために何か出来ることはないか必死に探した結果だ 「…………悪ぃな、少し頼めるか」 「…!う、うん!」 俺の問いかけに、少し遅れて頷く六条くん 思わぬ返答に俺は思わずぶんっと音が聞こえそうなくらい強く首を振る はじめて優しい顔を向けられた気がした ずっと睨まれていたような気がする それは多分、俺がアキとそういう関係であることが彼にはバレてしまっているから それに加えて俺がどこから来たかも分からない、ほぼ初対面の部外者だからだろう だけどそんな俺を、頼ってくれた それがとても嬉しくて、思わず涙が出そうだった 「こ、琴美ちゃん、お兄ちゃんと少し遊ばないか?」 「うん!いいよ!」 「琴美ちゃんはどこで遊びたいかな?」 「ことみねえ、おすなばがいいな!」 滲んだ涙をふっと振り払い、そして膝を曲げ琴美ちゃんに視線を合わせて問いかける やはりこの子は人よりもかなり人懐っこいのか、初対面の俺にもにっこりと微笑んで元気よく頷いてくれる そんな少女に手を差し出すと、ラムネ瓶を持っていない方の手で俺の指をきゅっと握る ベンチに恋人と兄の方を残し、俺は小さな少女の手を握って砂場へと向かった

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