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親友
高校に上がり一人暮らしを始めるまで、ずっとこの町で育った
今住んでいる大きなビルが立ち並ぶ町と反対方向の、東京にしては長閑で優しい町
歩き慣れたはずの商店街も、たった2年弱で懐かしく感じてしまうオレはそれほど歳を取ったのだろうか
いつも隣には静磨がいた
子供の頃から家柄や容姿で気持ち悪いくらいにもてはやされて来たが、静磨だけは変わらないでいてくれた
変わらずオレと接して、いつもオレをジャンケンで負かす
日が暮れ夕日が見え出す時間になると、また明日なって手を振って家路を急いだ
家に帰るのが嫌になった時は静磨の家に逃げた
「ここ、一緒に来るの久しぶりだな」
「…………ああ、そうだな」
「昔ここでよく遊んだよな、炭酸振り回したりして」
「……そんなこともあったな」
幼少からずっと時間を共にした幼馴染と、古びたベンチに並んで座る
一度は諦めようとした
待ってくれ、の言葉を飲み込んだ
だけど翔が背中を押してくれたから
心なしかスラスラと出てくる思い出話
中学の頃はよくコーラのペットボトルを思い切り振り回して、キャップを開けて中身をぶちまけて
そんなバカな遊びをした
学校じゃこんな無邪気な姿を他人に見せることなんてできなかったが、静磨の前だと自然と素の自分でいられた
「忙しいのか?最近」
「まぁな、家族のためだから苦じゃねえが」
「……そっか」
お互いに視線を合わせず前を向いたまま話す
だけど静磨はこの間のように尖った様子もなく、やはりオレの知っている静磨のままだと心の中で安堵する
「悪かったな、ずっと何も言わなくて」
「え…………」
すると不意に静磨がそう口にした
思わず顔を静磨の方に向けると、まっすぐとこちらに向けられた視線に驚く
本当は静磨は怖い男なんかじゃない
学校じゃ怖がられているが、オレの知っている静磨は優しくて誠実で家族思いの誰よりいい男だ
少しシャイで不器用で、実は人見知りなだけだ
目つきだって鋭く尖って見えるけど、本当は死んだ親父さんに似て色素の薄い優しい色をしている
「お前に迷惑掛けたくなかった」
「静磨………」
「輝お前少しおかしいくらい優しいだろ、だから」
「おかしいって何だよ、褒められた気がしないな」
くすり、と小さく笑う隣に座る赤毛の男
髪の色は未だに慣れないが、それでもやっぱりこの笑い方はオレの知る静磨そのものだ
少しずつ昔のように会話が砕けてくる
静磨もまるでリラックスしているかのように脚を組み、ベンチの背もたれに腕を広げる
はじめてオレに打ち明けてくれた
少しだけど、静磨の気持ちを聞かせてくれた
だからそんな静磨にひとつ、オレの秘密を
「あそこにいるの、翔って言うんだ」
砂場でラムネ瓶を持った少女と砂の山を作ってはしゃぐオレの恋人を指差す
静磨もそちらに視線を向け、無言で翔のことをじっと見つめている様子だ
「……………お前の新しい恋人か」
「…………ああ」
低い声に、オレは大人しく頷いた
元々静磨には紹介するつもりだった
昔から静磨には隠し事ひとつしたくなくて、些細なことでも何でも話していた
それにこの男はそれを知ったところでオレらを脅したり、他所に言いふらすような男じゃないとはじめから分かっていた
だから言った
ごめんな翔
静磨と打ち解けるための材料にしちまった
ごめんな、だけどどうか許して
「……そうか、優しそうな奴だな」
「うん、すげえ優しいよ、本気で好きなんだ」
「そうか…お前が本気で誰かに惚れるなんてな」
「………うん」
オレのカミングアウトに対する静磨の反応
“意外にも”とか“思ったよりも”などとは全く思わなかった
あいつはいつだって「そうか」とただ頷く
オレのことを否定しないでくれる
オレを否定しないでいてくれるところは、翔と静磨の共通点かもしれない
「そうだ、健もお前のこと心配してたぜ」
「……………………そうか」
「この間会ったろ?そのあとすげえ大泣きしてさ」
「………………」
だけどやっぱり少し恥ずかしくなって、ふと話題を違うものに変えてみる
オレたちのもうひとりの親友、健のこと
健も静磨のことをかなり心配して寂しがっていたようだし様子くらいは伝えておこうと、そのつもりだった
だが急に、静磨の様子が一変した
「あいつ、元気にしてるか」
「え………?あ、うん、普段はすげえ元気」
「そうか、ちゃんと飯食ってるか」
「ああ、いつも翔がおにぎり作ってんだ」
「よかった、授業はちゃんと聞いてるか」
「し、静磨……………?」
無口なはずの男が急な質問攻め
それも間髪入れずにいくつもいくつも、まるで田舎の母親みたいな些細なことを
何だか妙な胸騒ぎがして静磨の名前を呼ぶと、はっとしたように目を見開きそして口元を手で隠した
そしてみるみるうちに顔を真っ赤に染めていく
「静磨お前……………」
この顔を見てピンと来た
普段はポーカーフェイスな男が顔を真っ赤にして取り乱している
そんな姿、今まで一度も見たことない
浮いた話だって一度たりとも聞いたことのないこの男の、そんな顔
もしかして静磨は健のことが………………
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