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男と男の約束
隣に座る赤毛の幼馴染の顔が、まるでその髪に擬態するかのように赤く赤く染まっていく
三白眼気味の瞳をきょろきょろと泳がせ、そして下を向くと両手をぎゅっと握りしめ必死に自分を落ち着かせるように息を吐いている
オレの知らない六条静磨
だけど正真正銘本物の、六条静磨
「………頼む、このことは…………」
「静磨…………」
「頼むから、健には黙っててくれ……」
「……………」
その男が、今までに見たこともないような必死な様子でオレに懇願した
震える手をぎゅっと握りしめ俯いたまま紡がれる低い声すらも震えている
正直めちゃくちゃ驚いている
そんなこと、感じさせないくらいに普段からポーカーフェイスなやつだったから
浮いた噂もなければ彼女が出来たなんて話も聞かないし、もしかして不能なんじゃないかと疑ったこともあった
だけどもし
健への想いをずっと密かに募らせていたとしたら
「………言わないよ、誰にも」
「………………」
「当たり前だろ、約束する」
「…………………………すまん」
驚いていたオレの心は思いの外穏やかだった
静磨に優しくそう言うと、ぱっと顔を上げて苦しそうな何かを噛み締めたような顔をする
こいつの表情がこんなにころころと変わるのも新鮮で、これはこれで良いものが見られたなんて嬉しく思う自分もいる
「オレ、静磨のことすげえ尊敬するよ」
「は……………」
「だってそんなに一途な男だなんて、オレ知らなかった」
「……………うるせえよ」
そう言って静磨の肩をごつんと拳で軽く小突く
一年前よりも硬くたくましくなった肩は、きっと家族のためにたくさん働いた証拠だろう
そんな静磨を、心から尊敬した
そしてそんな男の親友が自分であることを、とても誇りに思う
オレ、何かすげえ静磨のこと大好きな奴みたいだな…
いやもちろん好きなんだが
それはあくまで友達として、翔と同じ好きじゃないから誤解しないでほしい
「あ、手振ってる」
「ふ…………」
「あはは、見て、翔がすげえ可愛い」
「あ?琴美の方が可愛いだろ」
数メートル先の砂場から、翔と静磨の妹の琴美ちゃんがこちらに向かって手を振っている
少し恥じらいながら手を振る翔はきっと、琴美ちゃんに手を振ろうと提案され拒否できなかったんだろう
そんな控えめにふりふりと手を振る翔に手を振り返すと、翔は少し顔を赤くしながらも穏やかに微笑む
どうせなら静磨に自慢してやる、とそう思って言ってみるとさも当たり前のような顔で対抗してくる
何だか昔に戻ったみたいで可笑しくて、お互いに同じタイミングで顔を見合わせながら吹き出した
「静磨、今日話せてよかった」
「……………ああ」
「もしお前が来たかったらだけど、学校来いよな」
「…………………………ああ」
そう言って立ち上がる
そろそろ日が沈んで来た
日が沈み出すとお互いに手を振って別れるのが、俺たちのルール
たまに夜遊びもしたけど
“また明日”と言えるかは分からない
静磨にはオレとは違う明日が来る
家族のための明日がある
オレの言葉にかなり遅れて頷く
何かまだ引っかかるものがあるかのような顔をしているが、今日は聞かないでおこうと思う
「琴美、帰るぞ」
「しずにーたんみて!どろだんごした!」
「おう、上手にできたな、楽しかったか?」
「うんっ!」
静磨の低く通った声が妹を呼ぶ
すると翔より先に駆け出した少女はつるつるの泥団子を静磨に見せ、嬉しそうに笑う
そんな妹の頭をぐしゃりと撫でる静磨の顔は、正真正銘“兄貴”の顔だった
琴美ちゃんに送れて翔もとことこと駆けて来る
その手には、琴美ちゃんのものより少し大きくてもっとつるつるの泥団子
「泥団子作ってたの?」
「うん、よく出来てるだろ」
「すごいはしゃいじゃって」
「いっ……いいだろたまには………」
そう言って照れる翔
少し土の付いた頬を指先で擦ってやると、慌てたように顔を赤くする
つるてかの泥団子を大事そうにベンチの下に置くと、琴美ちゃんも手に持っていた泥団子を隣に置いた
そして土で汚れた手を水道で洗い、ぴっぴと水滴を弾き飛ばす
こういう時面倒がってハンカチを取り出さないのは翔の少し男っぽい所だと思う
「じゃあ、またな」
「……………………おう」
「また、学校でな」
「…………………………………ああ」
そう言って手を振り、沈む夕日の中静磨と別れた
小さな妹の手をぎゅっと握って歩く背中が見えなくなってから、オレも翔を連れて来た道を歩いた
帰り道
「ちゃんと話せた?」
「ん、やっぱ静磨はオレの知ってる静磨だった」
「そっか、よかったな」
「ん、翔のおかげだよ、ありがとうな」
来る時も通った商店街を歩きながら話をする
翔はこういう時いつも、深く詮索せずに「そっか」と言って頷く
ここも翔と静磨の共通点だと気付いて何だか可笑しくなる
「あ、静磨が妹見ててくれてありがとうって」
「あは、自分で言わないんだ」
「あいつシャイでさ、実は人見知りもすげえの」
「ふふ、何か印象変わったなー」
少しだけ、静磨のことを翔に話してみる
印象が変わったと言った翔は、大方はじめは静磨を怖いと思っていたのだろう
そんなイメージを払拭できて良かったと思う
オレは翔にも隠し事はしたくないと思っている
出来れば全てを打ち明けて、オレの全てを知ってほしい
だけど今日話したことは、まだ翔には内緒だ
オレと静磨だけの秘密
いつか時が来たら、静磨からきっと翔にも言える仲になってくれるとオレは信じているから
隣で小さく鼻歌を歌う翔
少し音痴で可愛くて、線の細い横顔は夕日に照らされてますます美しくて
そんな翔が愛しくて
「ちょっ……!何すんだ!」
「ふふ、何か急にしたくなっちまったの」
人気の少ない商店街のど真ん中で翔のほっぺたにちゅっと短くキスを食らわせた
照れて怒る翔もまた愛おしい
いつかこんな翔を、静磨にも思う存分自慢できる日が来るといいな
そう願いながら、オレは翔と隣に並んで歩いた
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