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明るいあの子の心の中
静ちゃんと偶然会った次の日の放課後
「ただいまぁ」
大きな扉を開けて自宅に入る
言い慣れない“ただいま”
おれの家族はいつも仕事で忙しい
ママとパパはデザイナーの仕事で海外に住んでいるし、お兄ちゃんは単身赴任中
パティシエのお姉ちゃんもいつも遅くまで働き朝早くに出勤する
だから家に帰ってくるのはいつもおれが1番だ
今日はお姉ちゃんが早く帰ってくると言っていた
久しぶりに誰かと一緒に晩ご飯を食べられると思うと少しワクワクする
「お姉ちゃん?」
だが家は真っ暗
リビングに行くも、電気ひとつ点いていない
人がいるような気配すらもない
するとポケットに入れていたスマホが振動し始め、おれは画面を開いた
そこには“お姉ちゃん”の文字
「もしもし、お姉ちゃん?」
『健、ごめんねっ、お姉ちゃん今日も遅くなりそう』
スマホを耳に当てると慌ただしく話し出す姉
どうやら今日も仕事で遅くなってしまうようだ
姉の言葉に少しだけ肩を落とす
だけど“やだ”“寂しい”なんて言えない
「…………そっか、お仕事?」
『うん、ごめんね、ご飯ひとりで大丈夫?』
「ん、大丈夫、お仕事頑張ってね!」
何度もごめんね、と謝る優しいお姉ちゃん
今はパティシエとして修行中の身で、いつも遅くまで練習をしているらしい
ぷちっと電話を切り、居間の電気を点ける
「今日も、ひとりかぁ…………」
ぽつりと呟いたひとりごと
そんなおれのひとりごとは、この大きな部屋に溶けてどこかへ消えて行く
家に帰るといつもひとりだ
だからいつも、放課後教室で女子とおしゃべりをしてから帰る
ヒロくんや翔とは帰る方向が逆で、おれも2人と同じ方向に住みたかったなと心の中でだけ愚痴る
いつもは忙しくてもお姉ちゃんが晩ご飯を作って冷蔵庫に入れてくれているが、今日は早く帰るつもりだったようなので冷蔵庫にご飯はない
制服のままケトルでお湯を沸かし、カップラーメンの蓋を開けると内側の線までしっかりお湯を入れる
「ねえ、今日小テストで50点取ったんだ」
「…」
「それでね、先生に褒めてもらっちゃった」
「…」
完成したカップラーメンを持ってテーブルの自分の席に座る
おれの向かい側にはちょこんと座るパンダのぬいぐるみ
アメリカにいるママが送ってくれた、パンダのリンリン
そんなリンリンに今日あった出来事を話す
本当はお姉ちゃんに話したかったことを、無機質なぬいぐるみに向かってひたすら話す
だけどリンリンは頷いてくれない
よかったね、って褒めてくれない
ずっと微笑んだまま、動かない
「静ちゃん、なにしてるかなぁ………」
ふと思い出す、憧れのあの人
真っ赤に染まった赤い髪は、最近ハマっている特撮ヒーローのマジレッドみたいだ
最後に会った時よりもガタイがよくなっていて、背も大きくなったような気がする
静ちゃんはまた、おれを置いて大人になる
「会いたいなぁ……………」
ぽつりと呟いたひとりごとは、やはり広い部屋で空気と一緒に溶ける
今は何をしているだろう
ご飯食べてるかな
それともお風呂に入ってるかな
はたまた弟や妹たちと遊んでる?
もしかして勉強していたりして
時計の針がかちりと動き、午後8時を示す
「ごちそうさまでした…」
それとほぼ同時に食べ終わったカップラーメン
翔がいつも作ってくれる大きなおにぎりの方が、100万倍美味しい
食事を終えてからしばらく、テレビでドラマを見ていた
学園ものの、謎解きドラマ
そのドラマのサブキャラクターにはマジレッド役の俳優さんも出ていた
明るい主人公の、ぶっきらぼうで頭の良い相棒役
まるで静ちゃんみたいだ
静ちゃんは中学生の頃からずっと勉強ができた
いや、もしかしたらおれが知るずっと前からかもしれないけど
静ちゃんのおかげでこの制服を着ることも出来た
中学3年の時、静ちゃんがずっとおれの勉強を見てくれていたから高校入試にも合格出来たんだ
どうしても静ちゃんたちと同じ高校に行きたくて、苦手な勉強も死ぬ気で頑張った
それなのに…………
「………なんで来ないの………………?」
思わず口から出てしまう不満、不安
テレビに出ているぶっきらぼうな相棒は、毎日学校に来ているよ
マジレッドだって、悪い奴をやっつけて寂しい子供を助けてるよ
ねえ静ちゃん、おれ、寂しい子供だよ?
「そんなにおれに、会いたくないのかな………」
気付くと膝にぽたり、と一粒の水滴が落ちてくる
ぽたぽたとだんだん増えていくその水は、憧れた制服のズボンの膝部分に水たまりを作っていく
「しずちゃ………っ、おれ………っ」
“離してくれ”と言われた
ぐっと振り解かれた腕には、まだ静ちゃんの大きな手の温もりが残っているような気がする
本当はあのまま、離したくなかった
もう背中を向けられたくなかった
ずっと、一緒にいたいと願った
振り解くほど、おれが嫌い?
何も話せないほど、おれ頼りない?
もう、親友じゃない…………?
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