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決別?

嗅ぎ慣れない甘い香水の匂い 触り慣れない体の感触 上目遣いで誘惑するような態度 そのどれもが、俺の中から熱を奪っていく 「ね、彼女いるの……?」 「…………」 「ま、どっちでもいいけど」 未だにホールドされたままの体 首に回された生白い肌の感触が気持ち悪くて今すぐに振り解いてやりたいが、女相手じゃ力ずくとも行かない むしろ変に力を加えてしまうと加減も出来る気がしない 「あの、離してもらっていいっすか」 「あは、意外とシャイなんだ?」 「いや、そうじゃなくて………」 「ね、ここでシちゃう?」 強く掴まれた手を解放され、やっとのことで女の胸から手を離す だがそれも束の間、今度は俺の体に白い手を這わせるようにして距離を詰められ迫られる 限界だ 勘違いしてんじゃねえよ 俺は遠慮してるんじゃねえ 拒絶してんだ あんたみてえな女、誰が抱くもんか 「終わったらホテルい………ひゃっ!」 気付くと俺の腕はその女の顔のすぐ真横 オブジェや金色の額縁の飾られた黒い壁にはヒビが入り、ポロポロと小さな木屑を落とす 遅れて金色の額縁がガタンと音を立て地面に落ち、目の前の女はビクッと肩を震わせる 「俺に好きな奴以外抱く趣味はねえよ」 頭に血が昇り、自制が効かない それでも直接拳を出さないように必死に理性を働かせてそう言うと、女はビクッと全身を震わせてその場にぺたんと座り込む そんな女を見下すようにして睨むと、泣きそうな顔をしている 俺の好きな奴は、そんなこと言わない 俺が興味があるのは、あいつだけ 抱きしめたいのも、あいつだけだ 床に落ちた飾り物の額縁を元の位置に掛け直し、女をその場に残して黙って立ち去る 客だからって、していいことと悪いことのラインは決して無くならない ぐっと握りしめた拳を開くと、食い込んだ爪で手のひらに小さな傷が付いていた 「ちょっと、すごい音したんだけど」 「すんません、ちょっと」 「誘惑されてついにキレちゃったんだ?」 「………………すいません」 カウンターに戻ると、何かを悟ったようにうっすら笑う店長にそう言われる 素直に謝ると、店長は怒るどころかコーヒーを淹れながら俺の声を聞いてクスクスと笑う まだ少し手が震えている 少し落ち着いておいで、と言われ裏に戻り一息吐くと、自分が何をしたのかフラッシュバックして一気に罪の意識に襲われる 「やっちまった…………」 仕事だから、と割り切れていたはずだった 何があっても“家族のためだから”と思えていたはずだった それなのに、何かある度に健の顔が脳裏をよぎる 何年も拗らせた想い 自覚があるだけまだマシだと思っていた だがこの自覚があるせいで、こんなに悩まされるとは思ってもいなかった それもこれも、輝のバカのせいだ あいつが楽しそうに話すから あいつが心から笑うから あいつが羨ましくて、仕方なくなった 俺もあんな風になれたらいいのに、と願う自分が心のどこかで暴れ始めたんだ 「ありがとうございましたー」 時間は午後4時 昼頃に賑わった客もいなくなり、午後5時開店のバーの準備のため一度店を閉める 店長と梓さん、そして夕方出勤の数人は黒いシャツに着替えて開店準備を始める 「お疲れ様でした」 「おつかれ!今日もありがとうね!」 「っす、また明日」 「おつかれー」 琴美と慶磨のお迎えがある俺はここで退勤 店長やその他の従業員に挨拶をして、足早に店を出る 「あ……静ちゃん…………………」 するとそこには、普段はいるはずのないあいつの姿 思わず足を止め俺の目がおかしくなったのかどうか、目を細めて確かめる だが電柱の影に隠れるようにしながら控えめに俺の仇名を呼ぶその高めの声は確かに健のもので、どうやら俺の目は正常なようだ 「健……………」 「あ、えっと…久しぶり……じゃないか…」 戸惑うように目を右往左往させ、電柱の影からゆっくりと出てくる健 制服のシャツの上に黄色のパーカーを着て、背中には派手なマスコットが山ほど付いたリュック ふわふわとした柔らかそうな髪に小動物のような大きな目は昔からずっと変わらない 「何でお前、ここに…………」 「あの、ヒロくんが……教えてくれて…」 「……………そうか」 「それでおれ、終わるの待ってたの…」 もじもじと小さな手を絡ませる健 うるうるとした大きな瞳をたまにちらりと俺に向けては視線を逸らす だめだ こいつと向き合うだけで、気持ちが溢れる 健への気持ちは胸に閉まって いつか忘れてしまうのを密かに待っているのに 「ね、ねえ静ちゃ……」 「っ……!」 「あっ…………………」 まだ明るい空にパチン、と響く音 一瞬の出来事だった 俺に向かって伸びてきたその手を、思わず叩き払ってしまった 俺より一回りほど小さいその手が、走馬灯のようにゆっくりと空を切る 少し赤くなったその手を見て、自分の過ちに俺は顔を青くする 「わ、悪ィ………っ」 「ご、ごめんっ、おれ、やっぱり帰るね……っ」 「あっ………健…………っ」 だが俺がやばいと思ったのももう遅く、健は瞳に涙をたっぷりと溜めて俺に背を向けた そしてそう言い捨てると走って駆けて行ってしまう 手に残るじんじんとした痛み 追いかけなかった俺は意気地なし いや、これでよかったのかもしれない 元々そのつもりだったんだ どうにかなりたいなんて、欲を出した罰だ これでよかったんだ すまない、健 もう俺は、とっくにお前のこと友達だなんて思ってねえんだよ

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