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もやもやの正体

必死に涙を堪えてやっとたどり着いた自宅 さっきのカフェからたった1駅しか変わらないのに、なぜだか帰ってくるのに時間が掛かってしまった 扉を開けると今日もひとり 何も言わずに家の中に入り、いつものように靴を脱いで靴を揃える そしてぺたぺたと廊下を歩き、真っ暗なリビングへと向かう 「はぁ……………」 また今日も吐き出されるため息 だけど今日のため息はいつものものよりずんと重くて、きっとすぐには消えない 部屋の下に積もって、足取りを重くするんだ それからおれは食事も取らずに2階の奥にある自分の部屋へと足を踏み入れる そして制服のままぼすんとうつ伏せに寝転び枕に顔を埋める おれの小さな体に見合わない大きなベッド ママとパパが与えてくれた大きな大きなベッド だけどこんなに広いと、やっぱり少し寂しい 「ぅ………………」 音もなく流れてくる涙 頬を伝うこともなく直接枕を濡らして、小さな水たまりが2つ出来上がる それでも止まらない涙はどんどん水たまりを広げて、今度はひとつの湖と化す そんな湖で心ごと溺れそうになり、次第に意識が遠のいていく おれはそれに抗うでもなくむしろ身を任せ、ゆっくりと目を瞑った 「は……………っ」 気付くと外は真っ暗 どうやらあのまま眠ってしまっていたらしきおれは体を起こして暗い部屋でスマホの電源を付け時間を確認する すると時間は午後8時 帰ってきてから2時間以上が経過していたようだ だけど食事をする気にも 着替える気にも 大好きなお菓子を食べる気にもならない ふと辺りを見回すと、広い部屋におれひとり 見慣れたはずの景色なのになぜだかいつもより寂しくて、カラフルなぬいぐるみも色褪せて見える まるでこの世界におれしかいないみたいに心にぽっかりと穴が開いたような気分だ 「っ……ひっ………ぅ、ぅう………ッ」 今度はぽろぽろと、大粒の涙が目から溢れてくる ベッドの上で膝を抱えて自分を抱きしめても、自分の体じゃ温かいのかそうじゃないのかも分からない 寂しい 寂しいよ 「っ……………?」 すると不意に、隣に置いたスマホが振動し始める 暗い部屋をぱっと照らす明るい液晶に目を細めながら視線を移すとそこには“翔”の文字 翔…………… 「……もしもし…………?」 『健?俺、翔だよ』 「…………っ、うん………っ」 『健どうしてるかなって思ってさ、掛けてみた』 スマホに耳を当てると、翔の優しく朗らかな声 いつもと変わらぬ声色になぜだか妙に安心して、ますます涙が溢れてくる だめだ 言っちゃだめだ、寂しいなんて 辛いなんて言っちゃだめ そんなこと言ったら、翔を困らせてしまうから だから 『健、寂しいなら寂しいって言っていいよ』 そう思い唇をぎゅっと噛み締めたその時 電話の向こう側から、優しく温かい声がおれを包み込むようにそう言った その瞬間、胸のどこかにつっかえていたものが外れるような音がして、それと同時に滝のような涙が溢れ出る 「ひっ……さみ、しい……っ、おれっ」 『………うん』 「さみしい……っ、ひとり……つらい…っ」 『…………うん』 そこからはもう自分でもよく分からなかった ただただ優しく相槌を打ってくれる翔に気を許して、とにかく心の中身をぶちまけた はじめて誰かに“寂しい”と言えた 言ってしまうと思いの外心が軽くなったような気がして、それからは何度も何度も寂しいと唱え続ける その一つ一つにうん、と相槌を打ってくれる翔の優しさはまるで穴の空いた心にそっと絆創膏をくれるみたいだ 『ちゃんと言えたな、寂しいって”』 「…んっ………」 『健、何があったか聞いてもいいか?』 「…………ん……っ」 電話の向こうの翔は穏やかな声色でおれにそう聞いた いちばん言えなかった“寂しい”が言えたおれに言えないことはもう無かった それから翔に、今日起こったことを全て話した 静ちゃんに会いに行ったこと 顔を見れて嬉しかったこと 手を振り払われて悲しくなったこと 心がもやもやむずむず、どきどきしたこと 全てを洗いざらい吐いた 翔はずっとうん、そっか、と頷いていてくれて、翔のおかげで心がとても楽になった気がする まだ少し、妙なもやもやは残っているけど するとそんな翔が、急におかしくなり出す 『なぁ健、俺のこと好き?』 「へ………?うん、好きだよ」 『じゃあさ、六条くんのことは?』 「ん、好きだよ」 なんておれに尋ねてくるんだ そりゃあどっちも好きに決まってるけど、そんなこと改めて聞いてくるなんて翔って意外とかまってさんだったのかなあなんて思って首をかしげる 『俺の好きと六条くんの好きは一緒?』 「へ……………………?」 一度躊躇ったように息を飲み込む音 次に飛んできた翔からの問いかけに、一度は首をかしげる だけど言われてはじめて気付くことがある おれの心のもやもやの正体 ずっと曇ったままだった、おれの中のもやもや それが今、分厚かった雲をどかすように晴れていく 翔の好きと、静ちゃんの好き……… それは多分………………… 「一緒じゃ、ない……………」

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