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ハートのピアス

「あ………おれ、静ちゃんが好きなんだ…」 一瞬フリーズしてから口からぽろりと溢れた言葉 頭が完全に理解するまで、そんなに時間は掛からなかった 静ちゃんが好き 翔やヒロくんとは違った意味で“好き” 一緒にいたい 離れたくない どきどきする ぎゅってして欲しい こう言う欲が“恋”だと気付くと、意外にもそれを簡単に受け入れてしまう自分がいる 「そっか………だからもやもやしてたんだ…」 『お前、案外あっさりしてるのな……』 「な、なんかしっくり来ちゃって………」 電話の向こう側で翔が呆れたように笑いながらそう言う それにコクンと頷くと、自分の気持ちを改めて理解して心の底から納得する スマホを右手から左手に持ち替え、自身の柔らかい耳たぶに触れてみる おれのはじめての“恋” 今まで“恋”と言うものがよく分からなかった みんな大好きで いじめっ子は嫌い その2つしかおれの中にはなかった いや、もしかしたらあったのに気付かなかったのかもしれないけど そんなおれの中に、3つ目の感情が生まれた それを最初に受け取る相手は憧れのヒーローで それがおれには心底納得のいくことだった 「………翔、おれ、どうしよう……………」 『えー……うーん………明日もっかい会いに行ったら?』 「……………でも…迷惑じゃないかな…」 『今日だってきっと迷惑なんて思ってないと思うけどな』 翔に相談すると、少し悩んだような素振りを見せた だけどすぐにいつもの様子で、おれの問いかけに淡々と答えていく そんな他人事みたいに、と一瞬だけ思ったが、いつも翔は親身になってくれた ヒロくんも、ダメなことなんてないと言ってくれた “寂しい”が言えた今のおれに言えないことはない “好き”なら今までたくさん言ってきた おにぎりをくれる翔に おやつをくれたあの子に 優しいお姉ちゃんに パンダのリンリンにも みんなに好きだと言えた それならきっと、静ちゃんにも………… 「……おれ、会いに行ってくる……っ」 そして月曜日 おれはいつもと同じ時間に起きた そして顔を洗って歯を磨いて、いちばんお気に入りのパーカーを着る 「行ってらっしゃい!」 「…ん、行ってきます……」 そして久しぶりに午前中が休みなお姉ちゃんに見送られ、いつものように制服で出かけた だけど今日おれは、悪い子になる 学校に行ったフリしてサボっちゃう、とってもとっても悪い子におれはなる 後ろめたさがないわけじゃない むしろこんな風に学校をサボったらお家に電話が掛かって来るんじゃないかとか、心配事は山ほどある だけど今日、静ちゃんに会いたいんだ この気持ちに気付いたら、心の中にずっと留めておくなんておれにはできない すぐに“好き”だと伝えたくてそわそわしちゃう だから会いに行く 今から、会いに行く 家の最寄駅から1駅先で降り、まだ開店前の店がちらほらと見える商店街を抜ける そして細い路地へとまっすぐ入り、そのまま“そぉる”へと向かう 「あれ………なにここ……………」 するとこの前はシャッターが閉まっていた雑貨屋のシャッターが開いており、中にはおれの目を引くようなカラフルでキラキラしたものが飾られている 少しだけ、と思いちらりと中を覗くと、店員さんであろう金髪の外国人の女の子がおれに気付いておいでおいでと手招きをして来る 「ちょっとだけ、寄り道…………」 その可愛い手招きに誘われて、おれは少しだけだと言い訳しながら雑貨屋に足を踏み入れた 「は、はろー、あ……えーと………」 「うふふ、可愛いお客さん」 「えっ、日本語………!」 「わたし、日本に来て8年になるの」 おれに手招きをした外国人の店員さんに英語で挨拶をすると、返ってきたのは予想に反してしっかりとした日本語 思わず驚いてしまうと、その店員さんはそのブルーの瞳をにっこりと細める ネームプレートにはカタカナで“エレナ”と書かれている ブロンドのロングヘアーに透き通るような白い肌 瞳は綺麗な水色で、思わず静ちゃんが左耳に着けていた小さなピアスを思い出す 「お名前なあに?」 「おれ?おれ健!」 「たける、好きなだけ見て行ってね」 「う、うん!ありがとう!」 可愛らしく名前を呼ばれてまるでお人形みたいに整った笑顔を向けられる いつしか少し見るだけ、だと思っていたことも忘れて店内をぐるぐると見回り始めてしまう 店内にはキラキラと輝くアクセサリー ノートやペンなどの可愛い文具 金属製の小物入れやオブジェ たまに何かよく分からないものも飾られていて、とてもおれの興味をそそる すると、きらりと反射し一際目を引くものを見つけた 「うわぁ……これ綺麗………」 「それ?でもこれピアスだよ」 「あ……そうなんだ…………」 黄色い宝石が付いた、少し歪な形のアクセサリー その輝くものに手を伸ばすと、それがピアスだと知りとっさに手を引っ込める おれにピアスを着ける穴はない いっそのこと開けちゃう?と冗談っぽく言うエレナちゃんだが、おれは痛いのがすごく苦手だ ……………だけど……………… 静ちゃんなら……………… 「やっぱりおれ、これ買う!」 「そう?でもこれね……………」 とっさの思い付きだったけど、自分にしてはいいアイデアだと思いそのピアスを手に取った するとそれをするり、と奪われてエレナちゃんがその商品に込められた意味を教えてくれる どうやらエレナちゃんによると、このピアスは右と左の2つがくっ付くとハートになるらしい 所謂カップルに向けて作った商品 もちろん1人で両方着けてもいいけど、とまた冗談っぽく笑う 「もし大切な人に贈るなら、1つは自分で持っておくべきね」 そう言って微笑むと、それをレジカウンターに持っていき勝手にラッピングをし始めてしまう 白い箱に入れられ、赤いリボンが巻かれていく 偶然にも“赤”のリボン 静ちゃん色の“赤”のリボン その瞬間、おれの中で新たな決意が固まった そしてレジカウンターのすぐ側に並べられていた“ピアッサー”を適当に掴んでエレナちゃんに渡した 「まって!これも買う……っ!」

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