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最後のわがまま

静ちゃんへの贈り物であるピアスが入った箱を、パーカーの左のポケットに潜ませ静ちゃんが働く“そぉる”に今度こそ向かう 今日はいるといいな そう思いながら、できるだけ気持ちが下がってしまわないように自分を励ます と、言うのも 実は土日にもここに来て、静ちゃんがいないか待っていたのだ だけど土日は静ちゃんはお休みだったから、今日こそはと思い今に至る 「静ちゃん………」 小さく名前を呟く それだけで心の中が温かくなって、ああこれが“恋”なんだと実感する 左のポケットに入った箱を少しだけ手で撫でる 何だかプレゼントで媚びてるみたいに見えるかもしれないけど、あくまで手土産程度に思って貰えたら嬉しい 大丈夫、おれは大丈夫 ちゃんと、好きって言える 気持ち悪い、と突き放されても どっかいけ、と振り払われても その可能性が大いにあったとしても、それでも好きだと伝えたいんだ 数分歩いて到着するカフェ まだオープン前のようで“close”と書かれた看板がドアにぶら下がっている 俺は静ちゃんが出勤しているか確認するため店の中をちらり、とガラス戸から覗き見る 「あ、静ちゃん………………」 店内には椅子に座って下を向く赤い髪 なんだか様子が変なような気もするが、今日は静ちゃんがいた よかった………… そう安堵したのも束の間、この間目が合った女の店員さんと、また視線が重なってしまう やばいと思っておれはまたこの間と同じ電柱の裏に一目散に逃げ込み身を隠す 「ふ、ふぅ……………」 おれ、不審者みたいだったかな……… そう心配になりながらももう後には引きたくなくて、おれはこの間のように電柱の影でチャンスを伺う いつ出てくるかは分からないけど、きっといつかは出てくるはずだから そう自分に言い聞かせて長時間の待機を覚悟したその時だった ガランガラン、とベルを鳴らして扉から出てきたのは 正真正銘本物の六条静磨 おれの初恋の、大好きな静ちゃん 「し、静ちゃん…………っ」 「…………………健……?」 思わず電柱の影から名前を呼んでしまうと、静ちゃんが驚いたように目を見開いてこちらに顔を向けた そしてどこか昨日と違った様子でおれの名前を呼んでくれる ち、ちゃんと言うんだ が、頑張れおれ………っ 決意を固めて、すうっと息を吸い拳をぎゅっと握る 一世一代の大告白、上手く行っても行かなくても何だっていい おれの気持ちを伝えるためにやるんだ だから だから…………っ 「お、おれ……おれっ……………」 「は…………っ、お、おい…」 だけどここで問題発生 ちゃんと言うと決意を決めた僅か数秒後 意思に反して涙が溢れて言葉に詰まってしまう 何度もシュミレーションして、どんな言葉を贈るかも準備していたはずなのに、それも全て吹き飛んで混乱する 「う、お、おれっ………おれね………ッ」 「ちょ、おい、何泣いてんだ………っ」 どうしよう、上手く言えない………っ だめだ、泣いちゃだめだ 泣いたら静ちゃんにまた迷惑掛けちゃう それだけは………っ そう思った時、翔とヒロくんがくれた言葉を思い出す “迷惑だなんて思ってないと思う” “ダメなことなんてない” 2人の言葉を思い出したその瞬間、おれの中でずっと張り詰めていた一本の糸がブチッと音を立てて切れたような感覚がした そしてその瞬間、もう何もかも抑えることが出来なくなった それからはただただひたすら地面にへばり付いて大声を上げて泣いた とにかく心の中が爆発したように全てを抑えきれなくて、赴くままに声を上げた 行っちゃいやだ 離れたくない どうなってもいい、なんてうそ ぎゅっとして欲しかった 離れたくなかった もうどこにも、行って欲しくなかった 泣き喚くおれに慌てるように静ちゃんが駆け寄り膝を付いて視線を合わせる 目の前でゆらゆらと揺れる炎のような赤い髪に、もっと近付きたくて手を伸ばす そしてぎゅっと、その体にしがみ付いた 一方的に抱きしめたその体からは柔らかい柔軟剤のいい匂いがする それにぽかぽかと温かくて、ますます涙が溢れる 好き 静ちゃんのことが、好き すると不意に、おれの背中に温かい何かが触れる そしてそれが何かを理解するよりも先に、おれの体がふわっと宙に浮く 「分かったから、もう泣くな」 ひくひくとえづくおれにそう言った低い声 頭が混乱して何が起こったのかも何を言われたかも理解出来ずに、おれはただ目の前の大きな体にぎゅっとしがみ付いて顔を埋めた 次に顔を上げた時には、知らない場所 ごちゃごちゃと物が置かれた、コーヒーの香り漂う狭い空間 そんな場所をおれは静ちゃんに抱っこされたままきょろきょろと見回す 「………おい、健……………」 「……やだ………っ、はなれたくない……っ」 「ったく……………」 おれを下ろそうとする静ちゃんに、もう少しだけわがままでいたくてぶんぶんと首を横に振る そしてぎゅっと脚ごと抱き付いて、意地でも離れないという意思を主張する すると一度呆れたようにため息を吐かれたが、今度は無理矢理振り払われることはなかった むしろ静ちゃんの腕にはぎゅっと力がこもった気がして、おれは最後を噛み締めるように強く抱きついた 「これで………さいごにするから……っ」 そう呟いて滲む涙を隠すように肩に顔を埋めると、静ちゃんの匂いがしてもっと涙が溢れた これで最後にする 最後にするから、だからお願い こんなおれの、最後のわがままを許して

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