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分からず屋

店の前で泣き喚く健を抱えて裏の控え室に連れ込み椅子に下ろそうとする だが健はそれを拒んで、意地でも俺から離れまいと首を激しく横に振っている やめろ、こんなことされたら俺 同じ男か本当に疑ってしまうくらいに軽い体 小学生の勇磨とほとんど変わらなさそうなその体重は、振り解こうと思えば簡単に振り解くことができるだろう だけどそうしないのは、俺が離れたくなかったから 健にだけ責任を押し付けてでも、離れたくなかった こんなのズルいって分かっていても、それでも離したくなかった 人知れず密かに腕に力を込める 心臓がばくばくと激しく鼓動する 心に潜めた想いが健にバレてしまわないように、最後の悪あがきをする 「これで………さいごにするから……っ」 すると聞こえて来た、曇った微かな細い声 ぐすっと鼻を啜るような音にかき消されてしまいそうだったが、間一髪それをしっかりと聞き取った それを聞いた瞬間、体の奥底から想いや願望や欲が止めどなく溢れて来て、今まで必死に戦って来た葛藤を次々に撃ち破って行く 嫌だ 最後だなんて、嫌だ 好きなんだ、お前のことが ずっとずっと、何年も前から だから 「………………最後だなんて、言うな……」 ずっと俺の中を支配していた“葛藤”が 兄貴としての“プライド”が ひとりの友人としての“理性”が 俺の奥底にある大きな“想い”に敗北した 「へ……………?」 「………最後じゃなくていい」 「し、ずちゃん…………?」 健の体を椅子に下ろす 今度は大人しく椅子にちょこんと座った健が、不思議そうに目を丸くして俺を見上げる そんな健の真っ赤に腫れた目も 小動物みたいな丸い頬も 俺より一回り以上小さな手も そのどれもが愛おしい 最後じゃなくていいから もっとわがまま言ってくれていいから 「好きだ」 長年の我慢も水の泡 兄貴としての威厳は崩壊 大切な友を失う可能性もあった だけど俺のこの言葉に、嘘はない 「へ……………」 ぽかんと口をかっ開いて俺を見上げる健 その健を見下ろして、控えめに肩に手を触れる 失恋しようがどうなろうが、もうどうでもよかった 好きだと言うことに意味があると、今身を持って証明された 悪ィな健、自分勝手な俺で 「ち、がうよ………」 「……あ?」 「静ちゃん違う!逆だもん!」 「あ?何が逆だ」 するとどこか様子のおかしい健 違う違うと何度も首を横に振り、俺を見上げて何かを必死に主張してくる だが健が何を言いたいのか理解出来ず、俺は首を傾げて必死に頭の中を整理する 「静ちゃんがおれを好きなんじゃなくて、おれが静ちゃんを好きなの!!」 「……あ?違えって、俺が好きだっつったろ」 「ちーがーうーのっ!おれが好きなの!!」 「あぁ!?だから違くねえって」 ……………………何だこれは どういう状況か全く理解できない それどころか俺自身も健に釣られて支離滅裂なことを言ってしまっているような気がする だが俺は、一斉一代の告白を拒絶ではなくなぜか否定されたことにより、完全に頭に血が昇って我を忘れていた それはどうやら健も同じのようで、泣き止んだはずの瞳からは再び涙が溢れているものの、さっきとはまるで態度も声色も違っている 「もうっ!静ちゃんのばかッ!分からず屋!」 「なっ………馬鹿はおめえだ!」 「いーもん!ちょっと見ててッ!」 お互いに頭に血が昇り、とうとう言い争いのようになってしまう 普段は頭の回転も速い方だと思っているが、今回ばかりは何が原因なのかもうさっぱりだ 健がどんっと椅子から立ち上がる そして興奮した様子で鼻息を荒くし、おもむろに右のポケットに手を突っ込む 「お、お前何するつもりで…………」 「いーから見ててッ!」 健がポケットから取り出したものは恐らくピアッサーと呼ばれるもの 俺も二度使ったことがあるから見覚えはある が、これをどうするつもりだ と思った矢先、健がそれを両手で握って右の耳たぶにセットし出す ぷるぷると震える手を必死に握りしめて、眉を釣り上げて涙をぐっと堪えている や、ばい 何かこれ、やべえ気がする………… 「おい、ちょっ、やめろ………」 「やぁだっ!絶対やめないもん!」 「ちょ、待てって………ッ」 「いやっ!絶対静ちゃんとおそろいにするの!」 やっとのことで健が何をしようとしているか理解する そしてそれを必死に止めさせようとするが、健は断固として引かない様子 少し気を緩めた隙に手を乱暴に振り解かれ、思わず後ろによろけてしまった 次の瞬間 ガチャンッ!! プラスチックが弾ける音が、この狭い控え室の中に大きく響いた

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