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ふふつかもの
「ん゛っんー、あー、ゴホッゴホッ….」
「やべえ、忘れてた…………………」
ぐっと涙を堪えて健と抱きしめ合っていると、どこかから聞こえてきた妙な咳払い
いかにもわざとらしいそれに、俺は今まで他の人間の存在をすっかり忘れていたことに気付き顔を青くする
「もー静坊ったら、大胆よねー?」
「本当、静磨くんがあんなに情熱的だったなんて」
「ねー?あたしちょっと感激ぃ♡」
「ねーっ」
しぶしぶ健の体から腕を解きカウンターへと視線を向けると、そこにはニヤニヤと気持ちの悪い笑みを浮かべて大きな声で会話をする男女2人
ギロリと睨むと怖ーいと言ってきゃっきゃとはしゃいで笑っている
「ほらほら、どうぞ続けて?」
「………………チッ」
「やだ静坊ったらーっ♡」
「照れてるう」
そんな2人を睨みながら小さく舌打ちをするも、まるで気にしていないかのようにはしゃぐ大人たち
この人たちには、俺はいつまで経ってもガキのようだ
そんなやり取りをきょろきょろと見回す健
すっかり涙は止まっていて、むしろ頬を赤く染めて口元を緩ませている
「おい、向こう行くぞ」
「えっ、う、うん」
そんな健の腕を掴むと、これ以上からかわれないようにさっきの控え室へと向かう
そして健の細い腕をぐいっと引っ張って強引に控え室に押し込めると、バタンと勢いよく扉を閉める
閉めた扉に背を付けて、ふうと一度ため息を吐く
あんな能天気な大人どもにこれ以上からかわれてたまるかってんだ
まあ、あんな場所でああいうことしちまった俺にも非はあるが
「静ちゃん…………」
「あ?どうした」
「………あのね、これ………………」
2人きりになったこの狭い空間で、健が再びポケットに手を入れた
取り出したのはぐちゃぐちゃになった赤いリボンと白い箱
そしてその箱に入った、黄色く輝くピアス
それを箱から片方取り出して、俺に向かってんっと差し出してくる
「これ、いっこ静ちゃんのだから……」
「…………………ああ、ありがとな」
「着けてくれる……………?」
「ああ」
不安そうに俺を見上げて尋ねてくる健の髪を一度だけぐしゃっと撫でると、差し出された小さなピアスを優しく受け取る
健が俺にくれた、はじめての贈り物
触れると分かる、小さな石の形
キラキラと輝くそれは少し歪な形をしている
喜びを噛みしめるようにそれをぐっと握ると、無機物なはずなのになぜだか熱いような感覚
きっとそれは俺が感じた幻に過ぎないが、それでも俺は嬉しい
俺は元々左耳に着いていた弟たちから貰った青いピアスを外すと、穴の空いたそこに真新しい歪な形のそれを刺して金具で留める
「……………どうだ、似合ってるか」
「〜〜〜っ!うんっ!!カッコいいっ!」
「そうか、ありがとな」
「うんっ……!!」
少し膝を曲げて健に見せると、健はその場でぴょんぴょんと跳ねて喜ぶ
そんな姿が可愛くて、普段はサイボーグと呼ばれるほど硬い表情筋が思わず緩む
「おれも着けるー!」
「こら、お前はまだだめだ」
「え゛っ………!?な、なんでぇ………」
すると健がもうひとつのピアスを取り出して、おもむろに自身の右耳に手を掛けた
それを間一髪止めると、満面の笑みだった表情が一変今度は瞳を潤ませて泣き出しそうな顔で俺を見上げてくる
「少なくとも1ヶ月はお預けだ」
「えーん、そんなぁ………」
「泣くな、1ヶ月なんてすぐだ」
「………………うん」
早く着けたいと言ってくれてる気持ちは有り難え
だけどまだ、お預けだ
しゅんと下を向いた健の頭をまたぐしゃぐしゃと撫でる
そして下を向き唇をつんと尖らせた健の頬に手を添わせるとぱっと顔を上げてくれる
大きな瞬きで涙を散らす健
涙を含んで一際キラキラと輝く大きな瞳も愛しくて、これが俺のものになるんだと思ったらますます気持ちが舞い上がる
「しずちゃ…………」
「付き合ってくれ、俺と」
「はへ………………………」
そんな健に向かって、俺は流れに身を任せてそう告げた
今までぐっと堪えていたことをこうもあっさりと告げ、次のステップを目指すことが出来るのは
きっと今の俺のテンションがもの凄く高いからだ
もちろんそう簡単に表情には出ねえが
「お、おれでいいの……………?」
「あ?お前がいいっつってんだ」
「え、えへ……………えっと…………」
俺の更なる告白に、元より大きな目を更に大きくする健
俺が問いかけに自信を持って頷くと、何だか照れたように頬を緩ませてにやけている様子
やべえ俺、長年の夢叶えちまうかもしれねえ
俺と違って思っていることが顔に出やすい健
ころころ変わるその表情だけで、健の今の気分がすぐに見通せてしまう
そして今の健は、嬉しい時の顔
喜んでいる時の顔をしている
そう読み取れてしまったからには、先走って調子に乗っちまうのも仕方のないことだろう
「ふふつかものですが、よろしくお願いします…」
「それを言うなら不束者だ」
「あっ、えへ…………」
健らしい言い間違い
いや、多分覚え間違いだろうなこれは
照れたように頭を掻いてにんまりと笑う
丸い形の瞳をじっと見つめると、健も負けじと見つめ返してくる
数秒間の睨み合い
だがお互いに可笑しくなってしまい、同時にぷすっと吹き出してしまった
俺は幸せだった
お袋に尋ねられてそう答えたのも、本心だ
だってそうだろ
可愛い弟と妹に囲まれて、尊敬できる父と母に恵まれた
仕事もそれなりに上手く行ってたし、優しすぎる幼馴染兼親友もいたんだ
だから正真正銘、今までだって幸せだった
だけど俺は、自分で思っていたよりも欲張りだったらしくついに“可愛い恋人”まで手に入れちまった
きっと今なら、輝に負けず劣らず自慢ができる
あいつのように心から笑えるに違いない
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