138 / 234

ハグセラピー

周りの人に涙の滲む目を見られないようにしながら、アキに手を引かれて早足で歩く だけどやっぱりこんな状況側から見ても普通じゃなくて、俺たちはすれ違う人たちの視線を次々に奪っていった 「あらヒロちゃ……ってどうしたの?」 「ごめん、ちょっとここ貸して」 「う、うん……それはいいけど………」 「ごめん、ありがと」 アキに手を引かれたどり着いたのは保健室 ガラガラとアキが扉を開けると、心地の良いお香の香りに包まれる 保健室で背もたれのある椅子に座り、優雅にコーヒーを啜っていた養護教諭の網走先生が様子のおかしい俺たちを見てぽかんとしている 「ほら、こっち」 「ん………っ………………」 そんな先生に断りを入れると、躊躇する俺の手を引いていちばん奥のベッドに行きカーテンを閉めて密室を作った 今度は本当にアキと2人きり 薄っぺらいカーテンだって、俺たちにとっては分厚い壁とほぼ変わらない ここに来ると、転校初日のあの時や はじめてアキの親友である彼と出会ったあの日のことを思い出す 「ほら、おいで」 「………………………んっ」 そして先にベッドに座ると、両手を広げて俺を招く 俺は少し遅れて返事をし、そしてアキにくっ付くようにして隣に座る そんな俺を、アキが隣からぎゅっと抱きしめる 「ごめんな、翔」 「…………アキは、悪くない………」 「ん、でもごめん、辛い思いさせた」 「…………………っ」 さっきの黒くて怖い声とは一変、俺を包み込むようなまるでシルクみたいに優しい声色でそう言われる 俺はアキの胸に寄り掛かったままそれを否定すると、それでもアキは俺に謝ってそしてぎゅっと抱きしめてくる そんなアキの優しさに、ぽろりと一粒の涙が落ちる 「ありがとうな、頑張ってくれて」 「………………っ、ん……」 「オレ、嬉しかったよ」 「………ん、んっ……………」 アキの言葉が俺に降り注ぐたびに、一粒ずつ涙がぽたりぽたりと落ちていく 優しい言葉に何度も頷くと、丸い涙粒は歪な形となって俺の膝を濡らす 正直に言うと、怖かった 今まで何事もなくただただ平凡に生きてきた俺は、あんな風にあからさまな敵意を向けられたことも無かった あんな風に邪魔者扱いされたのも、きっとはじめてだったから 「ごめんな、怖かったよな」 「んんっ…………ッ」 「よしよし、怖い思いさせてごめんな」 「だから………っ、あき、わるくない………ッ」 「…うん、ありがとな」 いよいよ涙が止まらなくなる それに気付いたアキが俺の体をさすりながら、また申し訳なさそうに謝ってくる 俺はそんなアキのシャツをぐっと掴み、ぶんぶんと首を横に振る アキは何一つ悪くない 謝って欲しいわけじゃない むしろ自分がなぜこんなにも悲しくなっているのか、自分だってよく分からないんだ だけどあんな横暴なことを言われて、悔しかったことはよく覚えている “輝くんはみんなのもの” なんて言われて、思わず腹が立った 「おれの、なのに………っ」 「うん、オレは翔だけのものだよ」 「なのになんで………っ、あんな言い方………ッ」 アキは俺のものなのに アキが好きなのも俺なのに アキと毎日キスしているのも、 アキとエッチの約束をしたのだって、俺なのに 俺の恋人をまるでおもちゃみたいに表現されることが、耐えられなかった 「翔、キスしていいか……?」 「んっんっ………」 「ありがとな………」 「んぅ…………っ」 だんだんと苛立ってくる俺に、アキは癒すように優しく触れるだけの口付けをする そのまま数秒唇を重ね、一度唇を離すともう一度同じくらいの長さのキスをしてくれる 些細なことで辛くなって苛立って、本当に情けないと思っている だけどアキのこととなると、俺はまるで昼ドラに出てくる愛人のように嫉妬深くなってしまう アキのことを奪われそうになる度に、心を痛めてしまうんだ 「な、今晩はめいっぱいイチャイチャしよ」 「んっ………」 「そんでいーっぱい、チューとかしよ」 「…いつも、してる………ッ」 「いつもよりいっぱいすんの」 そう言ってぎゅーっと強く抱きしめられる そしてうりうりとまるでペットのように頭を強く撫で回されて、また苦しいくらいのハグをされる アキを見上げるといつもの無邪気な笑顔 笑い皺が多くて、人懐っこそうな明るいアキの笑顔 そんなアキの顔を見ると、悲しかったことや悔しかったことも少しずつ浄化されていく アキの笑顔にはきっと、そういう効果があると思う 「機嫌直ったか?」 「………………ん」 「午後の授業、イケそうか?」 「…ん、大丈夫」 アキに確認され、俺は素直に頷く 気付いた頃には涙はすっかり乾いていて、少し目がパリパリする 最後にアキに充電〜と言われもう一度ハグをすると、一緒に立ち上がってカーテンを開けた 今晩はちょっとだけ、いつもより多めにアキに甘えちゃおうと思った俺だった あと、絶対にアキを怒らせないようにしようとも思った

ともだちにシェアしよう!