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おそろい
「さ、早速作るぞ」
「うー………」
「俺とおそろい…………」
「作ります!!」
アキの家に到着し、手を洗ってから購入した食材を一度冷蔵庫に仕舞う
そして早速、晩ご飯の支度に取り掛かる
それ程に料理をするのが嫌なのか、まだ渋っているアキ
そんなアキに“おそろい”の言葉を聞かせると、ついさっきの様子が嘘のように張り切り出す
「うわ、翔のエプロン姿エッロ……」
「だっ、誰がエロいだと!?」
「だってほら、何かこう体のラインが…」
「う、うるさい!お前もさっさと支度しろ!」
購入したばかりのエプロンのタグを切り、慣れた手つきで体に巻く
そんな俺をじっと見つめるアキは、何を思ったか発情し始め俺の腰をするすると撫でてくる
俺はアキのそんないやらしい手を叩き落とすと、アキの分のエプロンを掴んでその大きな体にあっという間に巻き付けた
「あっ」
「ん?何だよ、まだ何かあんの?」
「ん、ちょっと待ってて」
「?」
すると何かを思い立ったようにエプロン姿のアキが台所からとことこと駆けていく
そしてさっきアキが俺のために大量購入した日用雑貨の袋を漁り、中から丸っこい形をした黄緑色のスリッパを取り出す
「見て、これも実はおそろい」
「わ、いつの間に」
「オレのと色違いなんだぜ、ほら履いてみて」
「………………ありがと」
そしてアキが手に持ったスリッパのタグをちょきんと切ると、床に膝をついて俺へ差し出した
何だかシンデレラみたいで恥ずかしい気もするが、せっかくアキが買ってくれたので俺は客人用のスリッパを脱ぎそれに足を入れる
俺の足がすっぽりとそのスリッパに埋まると、アキは俺を見上げて満足そうににんまりと笑う
大人っぽい作りの顔から繰り出される笑顔が子どもっぽくて、やっぱり可愛いと思った
「ほら見てて、こうすんの」
「こうか?」
「左手は猫ちゃんだぞ」
「おっと、あぶね」
広いダイニングキッチン
俺たちはおそろいのエプロンにおそろいのスリッパを履いて肩を並べる
本日のメインのメニューは肉じゃが
お米は先に炊飯器にセットし、俺はアキに向かう
包丁もまともに使えないというアキには、まず野菜を切ることから教える
まな板の上の人参
アキの手と比べると少し小さく見えるそれを、アキはゆっくりゆっくり一口サイズに切っていく
「なんだ、結構上手じゃん」
「い、いや……マジで手攣りそうなんだ……っ」
「ほら、猫ちゃんは」
「うおぉ…………」
余計な力が入っているのか、次第に手がぷるぷると震え出す
アキはどうやら添えている左手を猫ちゃんの手にするのが難しいようだ
そんなアキの不器用な手に、痺れを切らした俺は自分の手をぴたりと重ね、そしてアキが猫ちゃんの手を保てるようにぎゅっと握った
「あっ」
すると手元から聞こえた、サクッという音
そしてアキの力が抜けたような声
「え…………」
「あっ、いやっ、これは………っ」
「血が…………」
ちらり、と手元を見る
そこには左手の人差し指から血を流すアキの手
そしてなぜかアキ本人は、顔を真っ赤にして焦り出す
まだ上手く状況が飲み込めていない俺は、ぽかんと口を開けてアキの真っ赤な顔を見つめる
「う、うわあああああああ!!」
「し、翔っ!?」
「ちっ、血が出てる!み、水っ、水っ」
「うおっ」
しばらくアキと見つめ合って、やっとのことで状況を理解する
そして焦る俺
まさかそんなにサックリと切れちゃうだなんて思わなくて、これは完全に想定外だ
慌ててアキの手を掴み、水道で洗い流す
その間も、なぜだかアキの顔は赤い
「ふぅ………………」
「ご、ごめんな翔、びっくりさせちまったな」
「ほ、本当だよ、超焦ったんだから」
「はは…………よそ見しちゃって……」
しばらく水で洗い流し垂れていた血が止まると、やっとのことで一息つく
アキは赤くなった顔を困ったように笑わせ、ごめんと俺に謝ってくる
ったく、さっきまで割と順調だったのに急にざっくりいっちゃうんだもんな
アキは至って普通の顔をしてるけど、結構痛かっただろうな
そう思うと、怪我をしたアキに料理をさせるのは何だか少し酷な気がしてきた
「ほら、アキは座ってて」
「え、でも…………」
「き、今日は特別に俺が作ってやるから……」
「!!」
結局は俺の負け
せっかくアキにも料理を覚えてもらおうと思ったのだが、怪我をしてしまっては仕方ないと言い訳をつけてアキをソファに座らせる
そして取り出した絆創膏を素早く人差し指に巻いてあげると、俺は逃げるようにキッチンへ戻った
少しだけアキの顔色を伺うようにチラ見すると、アキはソファから顔を出してキラキラと輝く瞳をこちらに向けている
するとまた、何かを思い出したように立ち上がり再び日用雑貨店の大きな袋を漁り出す
「な、翔!今日これも買ったんだ!」
「マグカップと、お茶碗………?」
「そう!実はこれもさ…………」
そしてご機嫌な様子でとことこ掛けてくるアキ
手にはマグカップと茶碗が握られている
それを俺にぐっと見せつけ、何かを期待するようにもじもじとし出す
アキが俺に何を求めているのか分かる気がして、俺は少し間を開けて回答を導いた
「…………………………………おそろい?」
「正解!」
アキの手に握られたマグカップと茶碗は、アキとおそろいのものだった
アキが2つをこつんと合わせて軽くて弾みのいい陶器の音を立てる
どうやらアキは意外にも“おそろい”が好きなようで、何だか女子みたいだと内心思う
「これは翔専用な!」
「い、いいのに、わざわざそんな……」
「いーの!オレが欲しかっただけだから」
「…………………ありがと……」
アキは俺に貢ぎすぎだ
頭ではちゃんとそう思ってる
だけどこうやってアキがアキの意思で、俺との“おそろい”を増やしてくれることは
俺にとってはとても嬉しいこと
俺はおそろいって、恥ずかしいと思っていた
だけど嬉しそうに笑うアキを見ると、これが案外悪くないことに気付かされる
だからこれからまた少しずつ、アキとの“おそろい”を増やしていけたらいいな
なんて、恥ずかしくて心の中でだけそう呟いた
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