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調子乗り男

「んふ、しょーうー」 「もう…くっ付くなって……」 「いい匂い」 「肉じゃがが?」 「翔が」 座ってて、と言ったはずだった だが人差し指を包丁によってざっくりと傷付けられたその男は今、俺の背後に立っている 腰のあたりに回されるがっちりとした逞しい腕 ぴたりと体をくっ付けられて、すんすんと首の後ろの匂いを嗅がれる こいつ……さっきまで怪我した子犬みたいだったくせに 料理から解放された途端にこの調子だ 完全に調子乗り男だ これからはアキじゃなくて“のりお”って呼んでやろうか 調子乗り男の“のりお” 「もう、嗅ぐなってば」 「だっていい匂いなんだもん」 「こら、つまみ食いするな!」 「ちぇ」 料理をしながら後ろの男をしっしっと払うも、一向に離れようとしない つまみ食いしようと忍ばせる手に気付いてベチンと叩くと、拗ねるように俺の首に頭をぐりぐり擦り付けてくる始末 「ほら、味見係」 「あー…………」 「どう?美味しい?」 「ん!うんま!!翔天才だ〜!」 仕方なく味見係に任命し、後ろから俺を抱きしめるアキの口に肉じゃがを少量摘んで運ぶ 責任重大な味見係は、それをごくんと飲み込むと大きな声でうまいと叫ぶ そして俺の体をぎゅーっと抱きしめ、さっきよりも激しく頭を擦り付けられる 「よし、味見終わり、もうあっち行ってろ」 「もう一口だけ…」 「だめ!ほら、しっしっ」 「ぶー……」 味見が終了し、肉じゃがはある程度完成だ そして邪魔くさい背後霊を今度こそ追い払うと、俺はそれと同時進行で作っている副菜兼作り置きのおかずたちを完成させるためあちこち動き回る 作り置き用のおかずは レンコンのきんぴらに小松菜の煮びたし、それにじゃがいもとチーズのオムレツと鶏そぼろ これでひとりの間も少しは食の足しになるだろう しょげたアキはてっきりソファに不貞寝でもするかと思いきや、食器棚からランチョンマットと箸、それに小皿なんかを取り出しテーブルに並べている 「味見係のひとー」 「っ!はいっ!!」 大きな体でちまちまと箸や皿を丁寧に並べるアキが何だか可愛くて、仕方がないので作り置きの分も味見させてあげることにした アキを呼ぶと嬉しそうな顔をしてとことこ寄ってくる そして俺の体にさっきのように抱き付くと、あーっと口を開けて待機 その口におかずを突っ込んでやると、逐一大袈裟なくらいの反応で喜んでくれる 「美味い?」 「ん、すっげえ美味い!」 「これ冷蔵庫に入れとくからな?食べるんだぞ?」 「本当ありがとうな」 「んっ」 ぎゅっと後ろから強く抱きしめられ、すりすりと撫でられるとほっぺたにむちゅっとキスをされる そしてなぜか、俺のエプロンの下にするりと手を忍ばせてくる “のりお”状態のアキにこれ以上いい気にならせまいと俺はその手をべちんと叩き落とし、俺を抱きしめる逞しい腕からすり抜けた 「ほら、冷めないうちに食べよ」 「ん!お皿準備するな!」 「お皿、大きいのね」 「はーい」 アキが嬉しそうに食器棚から皿を取り出す 取り出された皿は、とてもアキのセンスとは思えない繊細なデザインで少しだけ心がモヤッとした それからアキが買ってくれた新品の茶碗にご飯を、マグカップに麦茶を注いで向き合って座った 夕食を済ませ、アキと共にソファの上 はじめて振舞った出来立ての手料理は、アキが残さず食べてくれた そしていつもよりオーバーに、美味かったと言って俺を褒めた 「ほら見て、よく撮れてるだろ」 「あ!お前!これいつ撮ったんだ!」 「ふふーん、内緒〜」 「げっ!無音カメラなんか入れやがって!」 大きくて広いソファの真ん中で、ぴったりと体をくっ付けて座る俺たち 俺は黄色いティラノサウルスをぎゅっと抱きしめる そしてアキと一緒に今日撮った写真を眺めていると発見される俺の盗撮写真 どうやらいつの間にか無音カメラをインストールしており、それでずっと俺を撮っていたらしい 「でも見て、これは翔も気に入ると思うんだけど」 「ま、まぁ……その写真は、いいんじゃないの…! 「な!これプリントして飾ろーっと」 今度はアキと俺が一緒に写っているものを見せてもらう 最初は緊張して引き攣っていた俺の顔も、だんだん慣れてくるとしっかり笑えているようだ 同じような顔でにっこりと笑う写真は、俺もプリントしたいくらいに気に入った 「な、翔、お風呂入ろっか」 「一緒に?」 「ん、だめ?」 「だめじゃないけど……」 しばらく写真を見たりしてアキと食後の時間を過ごした それから突然の、お風呂のお誘い 断る理由はないが、何だかエッチ後でもセラピーでもないので少し恥ずかしい気もする だがアキはそんな俺をよそに、張り切っているのか尻尾をぶんぶん振る犬のように笑っている 「じゃあ行こ!だっこしようか?」 「いっ、いい!自分で歩くっ」 「あはは、よし、行こうぜ!」 アキの問いかけにぶんぶんと首を横に振ると、アキは笑いながら立ち上がった それに釣られて、俺も膝の上のティラノサウルスをソファに置き立ち上がる そしてアキに買ってもらった新しい下着や部屋着を持って、アキにエスコートされながら共に風呂場へと向かった 今からあんなことになろうとは、この時の俺は知る由もなかった

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