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ムッツリスケベ
「こんな所で働いてたんだな」
「あぁ、もう辞めるが今日は働き納めにな」
「そっか」
「あぁ」
薬局からほど近い公園のベンチ
休憩をもらった静磨と、この間のように隣に並んで座る
静磨は数日前、不意に学校に現れた
健とはあの後しっかりとお互いの気持ちを確かめ合い、恋人同士になったとの報告は受けた
何も言わないが、静磨の左耳のピアスの色が青から金色に変わっていることにも気付いた
だが前に商店街で会って話して以来、実は静磨と腹を割って話をする機会はなかった
と、言うかお互いにまだ少し気まずくて何となくギクシャクしていたんだ
だけどこれも何かの縁
こんな所で偶然会うなんて、きっと神様がくれた絶好の機会だよな
「お、そうだ、これやるよ」
「あ、あぁ」
「翔に買ったんだけど、溶けちゃうからさ」
「そうか、何か悪ィな」
翔と食べるために買った安くて大きいアイスバー
それを袋から取り出し、1本静磨に差し出す
少し戸惑った様子を見せたが、オレたちの間で“奢り”は一種のコミュニケーションである為静磨は断ることなくそれを受け取る
そして2人同時にアイスの袋を開け、それに口を付けながら会話を再開する
「輝、ありがとな」
「へっ?急にどうしたんだよ」
「お前のおかげで、バイト減らせるようになった」
「あ…………」
すると不意に、隣に座るオレの顔を覗き込むようにしながら静磨はそう言って微かに微笑んだ
猫背気味のその男の表情は、心なしがこの間よりも柔らかく見える
実は静磨と前会った日に、恥を忍んで久しぶりに母親に連絡した
そして親父の会社で人事を担当する母親に、静磨のお袋さんに会う仕事を見繕うように頼んだ
元々オレたちの母親同士も歳の離れた幼馴染
母さんはオレからの連絡を泣くほど喜び、そして快くオレの頼みを聴いてくれた
「お袋も感謝してるって」
「あは、そっか」
「お袋が会いたがってるから、今度顔見せてやってくれ」
「あぁ、もちろんだよ」
オレの目をまっすぐに見つめてそう言う静磨
鋭いはずのその瞳は、オレにすら優しい色を見せてくれている気がする
だがその視線が、不意にオレの手元に降りる
視線の方向に自信も目を落とすと、どうやら静磨はオレの右手首に掛かった半透明のビニール袋の中身が気になるご様子
その中には白い文字で0.01と書かれた赤い箱
もう一度静磨に視線を戻すと、少し照れたように顔を赤くしていた
「はは、これ気になる?」
「い、いや別に、お前昔から持ってたろ」
「………じゃあこれを、誰に使うかが気になるんだ」
「っ…………」
オレは特に恥ずかしがる様子もなく、その右手首に掛かった半透明の袋をがさがさと揺らして見せた
すると静磨はきゅっと唇を噛んで恥ずかしそうに目を逸らす
きっと静磨の頭の中には翔の姿が浮かべられていることだろうが、オレの口からそれを事実として告げたらどうなるだろう
経験豊富そうな見た目に反してウブでシャイなこの男
そんな男の、新しい顔が見てみたい
「ふふ、お前の想像通りだぜ?」
「……た、高村か………」
「そ、翔とエッチする時に使うの」
「エッ………チってお前な………」
オレは静磨に、ありのままの事実を告げた
するとまるで温度計のように顔を赤くしていく静磨
俺に向かってそんな言い方するな気持ち悪ィ、とオレの肩をごつんと殴り、そっぽを向く
だがやっぱり気になるようで、時折ちらりとそれを覗き見して来る
本当、昔から変わらずムッツリスケベな奴だぜ………
そこでオレの頭の中の悪魔が、キャッキャと笑って手を叩き出す
どうやら何かいい案を思い付いたらしく、白い羽の天使をぶん殴ってオレに耳打ちしてくる
我ながらいい案
せっかくなら、静磨をもっと赤くしてやろう
「な、オレたちの馴れ初め、聞きたい?」
「あ?」
「翔とのこと、色々聞かせてやるよ」
「なっ……お前が話してえだけだろうが……」
そう言って悪知恵の働いたオレは翔との話を持ち出し静磨を唆す
“馴れ初め”の言葉だけでまた顔を赤くする強面の幼馴染が至極面白くて、オレの中の悪魔はもっと高笑いをしている
不満そうにぶつぶつ呟く静磨
だがやっぱり本能には逆らえないようで、チラチラとこちらを見ながら話したいなら話せよ、と小さな声でそう言ってくる
やっぱりこいつ、正真正銘のムッツリスケベだ
「じゃあまず、翔と出会った時の話なんだけど…」
「お、おう………」
「あ、これはオレたちだけの秘密だぜ?」
「当たり前だろうが」
そんな静磨にふふん、と自慢げに笑い掛け一応念のため釘だけは刺しておく
それに深く頷き強い口調でそう言う静磨は、オレに対してだけこんな態度を取る
そしてオレはアイスをぱくりと咥えながら翔との馴れ初め話、そして自慢話を淡々と始めた
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