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あの子の好きなところ
「少し前に、健が学校休んだ日あったろ」
「あ、あぁ」
「オレが教室に行った、その前の日だ」
「あぁ」
落ち着いた様子で静磨が前置きをする
引き締まった細い体をぐっと丸めるようにして膝に両腕を付くと、どこか遠くを眺めている
そして薄い唇を開きふぅ、と一度息を吐くと健との馴れ初め話をし始めた
「その日にな、健が俺のバイト先に来たんだ」
「あ、それって」
「あぁ、お前だろ、健に場所教えたの」
「あは、知ってたんだ」
オレが健に静磨のバイト先の住所と名前を教えたこと
もう少し懐かしいような気のする出来事も、たった数日前の出来事だと思うと感慨深い
どうやらオレが健の味方をしたことは、静磨にバレてしまっていたようだ
おどけるように笑ったオレに、静磨は大人っぽい表情でくすっと微笑む
「お前、健が耳に穴開けたの知ってっか?」
「ん?あぁ、知ってるよ」
「あれな、俺の目の前で開けたんだ」
「へっ!?」
すると衝撃の事実が判明
健が右耳にピアスホールを開けたことは知っていたし、健にも似合ってるぞと褒めたが、それを開けた経緯がまさか静磨の目の前だったとは
健は昔から痛いものが嫌いだったから、きっと物凄い我慢をしたのだろう
健のことを思うと、何だかオレも右耳がゾワッと毛羽立つような気がして来る
「俺さ、覚えてねえんだ」
「何をだ?」
「あいつのこと好きだって思い始めたの、いつだったか覚えてねえんだよ」
「へぇ………」
するとまた、遠くを見つめてどこか懐かしいような表情を浮かべる静磨
つんと尖った鼻先は、元より大人っぽい顔をもっと大人に見せる
ぽたりと地面に垂れる溶けた白いアイスには、小さな蟻が集っている
健とは、オレも静磨も中学からの友達
静磨がいじめられている健を助けたことをきっかけに、同じ時間を過ごすようになった
健はその頃からすごく静磨に懐いていたし、心から慕っていたように感じていた
だがその間、オレが静磨の健への好意に気付くことは無かった
元々表情のあまり変わらない男だ
照れたり、かまをかければ分かりやすい部分だって大分あるがそれでもとても寡黙な男だった
それに加えて大家族の長男ということもあり、自分の欲求は無意識のうちに押し殺してしまう性格
だからオレも、静磨がいつ健を想い始めたのかは見当が付かない
「静磨はさ、健のどんな所が好きなんだ?」
「あ?そ、それは…………」
「な、内緒にすっからオレにだけ教えて!」
「……………絶対だぞ…」
不意に静磨にそう尋ねてみた
すると落ち着いていた肌の色が、再び赤みを帯び始めて当人も目を泳がせる
そんな静磨にもう一押しと力を込めると、押しに弱いこの男は視線を逸らしながら小さく頷いた
「あいつは、俺にねえもん一杯待ってる」
「お前にないもの?」
「あぁ、愛嬌とか純粋さとか、色々」
「ま、お前に愛嬌は無いな」
再び落ち着いた様子を取り戻した静磨が、淡々とした口調で語り出す
そんな静磨の横顔は、どこか寂しそうな羨ましそうな表情を浮かべているように見える
笑わせるようにお前に愛嬌は無いとからかうと、静磨はくすりと小さく笑ってそうだろと言う
「嬉しいことを素直に喜べる所とか、楽しい時に素直に笑顔になれる所が好きだ」
「へぇ、そうなんだ」
「俺には出来ねえことばかりだから、尚更可愛く見えた」
「そっか」
きっと静磨はオレの話を聞いている時、何て腑抜けた表情してんだと思っただろう
オレもその自覚はあるし、翔のことを思うと愛しさで自然と笑顔が込み上げてくる
だけどな、静磨
お前も人のこと言えないような顔してんだぜ
あのサイボーグと呼ばれた男とは思えない、柔らかく和かな表情
鋭い目つきもどこか優しくて、いつもきゅっと固く結ばれた口元は緩んでにやけている
「俺に向けて笑ってくれるのが、嬉しかった」
「うん」
「だから気付いた時には、もう好きになってた」
「そっか」
そして何かを思い出すように空を見上げると、愛しさで溢れるように微笑んでそう言った
こんなに口が回る奴だなんて思いもしなかったが、静磨のことを聞けてオレは嬉しい
何だか同性の恋人がいる同士、ある意味での味方や相談相手が出来たみたいだ
「お前は」
「え?」
「お前は高村の、どこに惚れてんだ」
「お、オレぇ?」
「あのお前が誰かに惚れたんだ、相当すげえ奴なんだろ」
すると今度はオレに静磨がそう問う
まさかあの静磨からオレに話を振ってくるなど思いも寄らず、少し慌ててしまう
それに翔の好きなところを誰かに向かって口に出すのは、実ははじめてかもしれない
だから尚更、照れ臭い
だけど静磨も話してくれたし、ここは平等にが条件だよな
「翔はさ、オレに“普通”をくれたんだ」
「普通?」
「そ、追っかけ回されて心身共に疲れていた日々から解放してくれた」
「…………そうか」
翔とのたった2ヶ月の思い出が、頭の中で鮮明に蘇ってくる
たった2ヶ月、それでもオレにとっては濃くて短い2ヶ月だ
「それにさ、オレを絶対に否定しないんだ」
「そうか」
「ん、それに翔は辛い時は側にいて寄り添ってくれて」
「………あぁ」
「オレ、まさか恋愛でこんなに幸せになれるなんて思ってなくてさ」
愛しい愛しい翔の顔が思い浮かぶ
恥ずかしそうに笑った顔や、照れるとそっぽを向いて唇を尖らせる所
それに大粒の涙を流して泣く所や、ありがとうとちゃんと言える所
言い出したらきりがないくらいに、翔の好きな所はたくさんある
そんな翔のおかげで、今の幸せがあると改めて実感する
だから
「翔を、オレの“最後”にするつもり」
心から出た、本当の言葉だ
オレのその言葉を聞いた静磨は、はっと口を閉ざして真剣な瞳でオレを見つめる
その瞳をじっと見返すと、何だか見つめ合っているみたいで少し面白い
“最後”
それは紛れもなく、死ぬまで同じ時間を過ごしたいというオレの心からの願いだ
翔はきっとそんなこと思っちゃいないし、オレのこんな気持ちにだって気付いちゃいないだろう
だけどオレは、もう翔との未来を見据えてるんだぜ
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