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プロポーズ(練習)

静磨と話した公園の帰り道 オレたちは、元来た道を横に並んで一緒に歩く さっき食べてしまった翔に納めるアイスをもう一度買い直すと、不機嫌だった翔の顔が少しだけ緩んで嬉しそうにしている アイスで機嫌を治してくれるなんて翔は単純だ、と思ったことを口に出してしまうとまた不機嫌にさせてしまうので黙っておく 「翔、よくオレの居場所分かったな」 「あぁ、なんか女子高生が噂してたから」 「あはは、なんだそれ」 「イケメンがベンチで喋ってるーって」 オレの何気ない問い掛けに翔は唇を尖らせてそう答える それに笑ってそうなんだ、と頷くと翔は笑い事じゃないぞと手に持ったケチャップで殴ってくる ケチャップ、翔にも買わせちゃったな……… 何か本当に、悪いことしちまったかな……… 「本当、心配したんだからな」 「ごめんごめ……………翔、その顔……」 「へっ?」 そう思って隣を歩く翔の横顔を控えめに覗き見ると、その目元にはうっすらと赤い跡が見えた まるで流れた涙を手で強く拭ったような、そんな跡だ それを見た瞬間、もしかしてオレはまた翔を悲しませてしまったのではないかと悪寒がした 寂しい思いをさせてしまったかな 翔は寂しいと泣いちまうから………… そう思いもう一度素直に謝ろうと口を開いた時だった 「俺も………………」 翔がオレの服の裾をきゅっと掴んで立ち止まった そしてなぜか頬を赤く染め、目を逸らしながら小さな声で何かを言おうとしている オレは足を止めて翔のすぐ側まで行き、そして視線を合わせるようにほんの少しだけ膝を曲げた すると瞳を潤ませた翔が、唇をつんと尖らせながら言った 「俺も、お前のこと…………」 「オレのこと?」 「………お前のこと、最後にしてやっても、いい……」 一度だけじっと上目遣いでオレに視線を合わせるが、すぐに下を向いてしまった つんと尖らせた唇がもにょもにょと動き、小さな声で何か言い訳を付け加えている これって、さっきのオレたちの会話の……… 「ぬ、盗み聞きしたんじゃ、ないぞ………」 「うそ、本当に聞いてたの!?」 「ち、ちょっと聞こえてきただけだもん………」 道の真ん中でそう言う翔は、目をきょろきょろと泳がせながらぶつぶつとぼやいている 盗み聞きなんて攻めるようなことじゃないが、どうやら翔はオレがそれに対して焦っているのだと勘違いしているようだ ま、マジで聞かれてた………… これはまだ内緒のつもりだったのに…………っ 「ど、どこから聞いてた!?」 「…高村のどこに惚れてんだーってとこ………」 「うわっ、本当に?すっげえ恥ずかしい…」 「いつも好き好き言うくせに………」 どうやらオレたちの秘密の会話は、半分ほど翔に聞かれてしまっていたようだ 普段は恥ずかしさなどあまり感じないたちだが、こればっかりはオレも恥ずかしい なんせ他人にこんな惚気話をしている所を見られ、更に内容まで聞かれたのだから 翔は不機嫌なんだと思っていた なかなか帰ってこないオレに、寂しがって怒っているのかと思った だがあの不機嫌そうな顔は、翔なりの照れ隠しだったことに気付いてしまう 「盗み聞きはダメだぞっ!」 「ち、違う……っ!たまたま聞こえただけ……っ!」 「それを盗み聞きって言うの」 「あうっ」 そんな翔に、自身の恥ずかしさを誤魔化すように軽くデコピンを食らわせる 何だか照れ隠ししていた翔を思うと、それもまた愛おしくて自然と笑みが溢れてくる 聞かれちまったもんは仕方がない だったらいっそ、今ここで宣言してやる 「プロポーズは、オレがするから!」 そう言って、もう一度翔の丸いおでこを指先でパチンと弾きぎゅっと目を細めて笑った ぽかんと口を開けたまま固まる翔 だがその顔も、まるでさっきの静磨のようにじわじわと赤く染まっていく まだ付き合って2ヶ月も経っちゃいない 付き合いたての、若気の至りだと思われても仕方がない だけどこれは、オレの本心だ オレにはもう翔との未来のビジョンが見えていて、翔無しの未来像は浮かばない プロポーズは、オレがもう少し大人になって 翔を守れる一人前の男になったら、オレからする 今日のもある意味練習だと思えば、それもまた乙だ 「なっ………プ、プロ………っ!?」 「翔の旦那さんの席は、オレが予約したから」 「うっ、うわああああああ………っ!!」 「うわっ、足速っ」 翔の瞳をまっすぐ見つめて、翔の左手を握って言った さりげなく左手の薬指を触り、翔にそれを意識させるよう促す するといつの間にか茹でダコのように真っ赤になった翔が、オレの手をベチンと振り払って猛ダッシュで逃走 そのままオレのマンションに向かって一目散に逃げて行った 翔の足が超速いことを、今日はじめて知った 「ほ、ほら、完成」 「うわああ、目玉焼きが乗ってる……!」 「チーズも入ってる」 「チーズも………!?」 その日の朝食兼昼食のハンバーグは、翔がオレの分だけ目玉焼きを乗っけて豪華な月見ハンバーグにしてくれた キラキラと輝く半熟の目玉焼きに、香ばしい匂いの翔のお手製ハンバーグ オレは目を輝かせて翔と料理を交互に見つめ、そして手を合わせてそれに在り付く 翔が目玉焼きを乗せている時、無意識に下手くそな鼻歌を歌ってぷりぷりと腰を振っていたことは 翔には黙っておこうと思う

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