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相談相手は…
「はぁ……………」
ひとり歩く長い廊下に俺の大きなため息がぶわっと充満する
ずんと重たいそれは、地面に沈殿しそのへんをもやもやと彷徨っているかのようだ
アキは委員会の招集、健は鬼の牛島先生と昼休みの特別補習
早々に弁当を食べ終わった俺は売店に向かってひとりでよろよろと歩いていた
「はぁ………落ち込むなぁ………………」
売店で野菜ジュースを買うと、俺は静磨がひとり待つ教室へととぼとぼ歩いて戻る
二度目のため息と共に、心の中の本音がポロリ
すれ違う同じ学年らしき生徒はそんな俺を不思議そうに見つめて振り返る
ああ………俺、アキに満足してもらえてなかったんだ……
自分だけ満足して
何食わぬ顔ですやすや眠って
時にはお風呂にまで入れてもらった
俺は何て馬鹿なんだろう……………
「はぁ…………」
「おい高村、どうした」
「………う……………………」
「……な、何だ………」
教室にたどり着き椅子に座ると共に、三度目の深いため息が口から溢れていく
隣にはいつも通りクールな表情の静磨
ぴくりとも動かないロボットのような顔でスーパーの特売チラシを眺めている
すると静磨が俺の様子を気にして控えめに尋ねてくる
そんな静磨を黙ったままじっと猫のように見つめると、今までびくともしなかった眉をぴくりと震わせて頬に汗を垂らす
「静磨ぁ…………」
「な、何だ………………」
「あのさぁ………っ」
「!?」
もう俺たちのことを知っているなら誰でも良くて、俺はその場に偶然居合わせた静磨に縋り付いた
そして半泣き状態で訴えかけると、ロボットのような彼は焦ったように体を震わせた
それから俺は、周りに聞こえないような小さな声で静磨にそのことを相談した
静磨は俺たちの関係を知っているし、アキが俺とそういうのとをしていることもバラしてしまっている
もう彼に隠すものなどないと諦め、俺は昨日の晩のことを打ち明ける
「なぁ、親友としてどう思う……!?」
「し、知らねえよ…………」
「冷たいこと言わないでさ、どう思うのよお……」
「お、俺にンなこと聞くんじゃねえよ……」
半ベソ状態の俺は、最近打ち解けたばかりの静磨の前でうわあんと喚き机に突っ伏す
そして頬をべたりと机に付けたまま、ハンカチの角をいじいじと指先で弄る
だが静磨は戸惑った様子で少し後ろに下がり、ふるふると首を横に振る
アキの親友で幼馴染の静磨なら何か知っているかもと思ったのに、どうやらこの手の話は苦手なようだ
「そういう話は恭亮に聞いてもらえ」
「うっ……ぐすっ……きょうすけぇ…………?」
「ほら、保健室の」
「………オカマのぉ…………?」
ずびずびと鼻を鳴らしながら顔を上げ、静磨の言葉に耳を傾ける
するとその口から出た“恭亮”という名前
どうやら保健室の先生である“恭ちゃん”の本名は恭亮と言うらしい
だがその網走先生
実はあまり良い印象がない
だって話し方はオカマだし
いつも服の着こなしがセクシーだし
気を抜くと取って食われちゃいそうだ
そんな人に相談なんてして、大丈夫だろうか
「あいつ、お前が思ってるより良い奴だぞ」
「本当に………?」
「あぁ、それにそういう話なら得意分野だろ」
「………………わかった………ありがと」
だが真面目な静磨が至って真剣な顔をしてそう言う
そこまで言うのであれば、と俺は半ば強引に自分の中で決心をして再び席を立つ
そんな俺をちらりと目線で追う静磨
俺は静磨にひとこと伝言を残すと、買ったばかりで未開封の野菜ジュースを静磨に渡しさっきと同じようにのろのろと教室を出た
「あら翔ちゃん〜!どうしたの〜?」
「うわ…………」
「ほらほら、早く入って!」
「う………おじゃまします…………」
保健室に行き3回ノックをして扉を開けると、薄桃色の髪の美形な白衣の男性がハイテンションで俺を迎える
その整った形の唇から発せられる言葉は、やはり何度聞いても女っぽい
だがここが最後の砦だしと思い、俺は少しビビりながらも保健室へとひとり足を踏み入れた
「今日はどうしたの?どっか怪我した?」
「いや……その…………」
「ん?お腹痛い?」
「…………先生に少し、相談があって……」
保健室の真ん中の机に、俺たちは向き合って座る
そしてきゅっと膝を閉じ視線を逸らしながらもにょもにょと声を発する
怪我かと問う先生は俺の両手を取って見比べているが、俺の手に見せられるような傷は無いしお腹も痛くない
「相談?アタシに?」
「……………はい……」
「え〜〜!?なになに!?何でも聞いてっ♡」
そんな俺が口ごもりながらも相談があることを打ち明けると、網走先生は一度目を丸くしてきょとんとした顔をする
だが先生はすぐにその整った形の瞳をきゅっと微笑ませて瞳を輝かせた
そして前のめりになりながら、俺に顔をぐっと近付けてくる
そんな先生のシャツからはだけた胸元にはいくつものキスマーク
新そうなものから古いもの
無難な丸い形のものもあれば不格好な横長い形のものもある
鎖骨のあたりには強く噛まれたような跡もあり、俺は思わずドキッとして顔を背ける
だ、大丈夫なんだろうかこの人…………!
そう思ったが、俺にとってはこの人が最後の砦
姉ちゃんにはこんなこと、相談できるわけもないのだから
俺は自分の中でそう言い聞かせ決心を付けると、すっと息を吸って口を開いた
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