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広崎輝の噂の話
「そ、その…………」
「大丈夫だから、言ってごらん?」
「……アキに、足りないって言われちゃって…………」
「足りないって、セックス?」
口ごもりながらも、俺はゆっくりと口を開き話を切り出した
優しく頷いて俺の緊張を解こうとしてくれる先生は、目の前の俺を切れ長くてキラキラした瞳で見つめる
そんな先生に少し心を許した俺は、先生の問いかけにゆっくりと首を縦に振る
そしてそれをきっかけに、俺は昨日の出来事を事細かく先生に話し始めた
「ヒロちゃんが、そんなこと言ってたんだ」
「俺、知らなくて……………」
「うんうん」
「てっきりアキも満足してると思ってたのに……」
俯き膝の上でぎゅっと拳を握る
机に頬杖を付いて逐一相槌を打ってくれる先生が、一度立ち上がって冷たい麦茶をくれる
その麦茶にちょこんと唇を付けると、ひんやりとした氷がもう何度重ねられたか分からない唇を冷やす
「週に何回くらいシてるの?」
「………多くて2回、くらい……?」
「回数は?」
「1回……………」
ちびちびと麦茶を飲みながら、聞かれたことに小さな声で答えていく
最初は怖いと思っていた網走先生
だがいざ話してみると、マイルドな口調と優しい雰囲気につい心を許して正直に話してしまう
するとその優しい先生が、ううんと唸って腕を組んだ
「週2で1回かぁ…………」
「だ、だめですかね………?」
「全然だめじゃないけど、ヒロちゃんには少し足りないかもしれないわね……」
「うぅ………………」
そして視線を右斜め上に投げながら、考えるように顎に手を当ててそう言った
それを聞いた俺はますますうなだれ、麦茶が入ったグラスを机に置く
そしてべたりと机に突っ伏し、むうむうと唸っておでこを机にぐりぐり押し付ける
やっぱり…………アキには少ないんだ………
満足してたのは、俺だけだったんだ……………
アキへの罪悪感が、ますます増してくる
それと同時に自分だけ気持ちよくなって善がっていた己が恥ずかしくなる
もう俺、穴があったら入りたい気分だ
「まあヒロちゃんは絶倫だって噂も立つほどだし…」
「ぜ、絶倫……?アキが…………?」
「うん、もしかしたら翔ちゃんは嫌かもしれないけど、それでも聞く?噂の話」
すると先生の口から“絶倫”という使い慣れない言葉
まずアキにそんな噂があることすら俺は知らなかったし、ましてアキが絶倫だなんて、俺の知るアキとは似ても似つかぬ言葉だ
アキが、絶倫…………
それって、性欲が強いって、ことだよな…………
エッチいっぱいする、ってことだよな…………
組んだ腕を解いた先生が、机の上に手をついて優しい声で俺に尋ねる
気遣うような言われ方をされるあたり、きっとアキの今までの恋愛の話だろう
本当は、聞きたくない
そりゃアキが過去に誰かと付き合って、そういうことをしていたことくらい予想はしていた
でもそれを、これから事実として受け止めなければならないことは思ったよりも酷だ
「は、はい…………!」
だけど俺はアキのために、アキを知るために決心を付け縦に頷いた
ぐっと拳を握ると、手は汗でべっとりと濡れている
そんな自分の両手を膝でぐっと拭うと、俯けていた顔を上げて先生を見つめた
それから先生は俺のために、色々なことを話してくれた
アキが1年生の頃は、短いスパンで彼女を取っ替え引っ替えしていたこと
当時は来るもの拒まず去るもの追わずというスタンスだったようで、アキの恋愛遍歴はかなりの数だった
それに加えて一時期とても性に奔放な時期があったようで、当時は体だけの関係の人も複数いたとのこと
特に高校に入って1年は、そういう噂が絶えなかったらしい
そんなアキの歴代の彼女が立てた噂
それが“広崎輝は超が付くほどの絶倫”だった
アキとの行為を経験した人は皆、そう言って噂を広めていったようだった
アキのセックスは激しくてまるで獣そのものだと
中にはアスリートのようなセックスを一晩中、なんて言う人もいたようで、アキの絶倫は学校中が知るものだった
「超が付くほど…………」
「まあ、元から体力オバケなのもあるけど……」
「俺、全然知らなかった…………」
先生から聞かされた話に、俺は呆然として口をあんぐりと開けたまま固まる
学校中で噂になっていてみんな知っていたのに、俺ただひとりだけが知らなかったこと
今まで“自分しか知らないアキ”だと優越感に浸っていたのが馬鹿みたいだ
きゅっと唇を噛みしめ膝の上の拳を震わせる
絶望とはまた違う、何とも言い表し難い喪失感のようなものが心の中で広がっていく
「でもね、もうひとつあって………」
「…………?」
「ヒロちゃんのエッチは、冷たいって噂もあるの」
「冷たい……………?」
すると、落ち込む俺を慰めるような口調で先生が再び語り掛けてくる
そして机の上にべたりと広げられた俺の手をそっと握り、優しく撫でてくれる
俺は俯かせていた顔をもう一度上げるが、先生の言っている意味がよく分からずこてんと首を傾げた
冷たい、ってどういうこと…………?
「キスもあんまりしなくて……」
「うん…………」
「前戯も何だかあっさりしてて………」
「う、うん………」
「終わるとすぐにひとりでシャワーに行くんだって」
「う、うん………………?」
だが先生の口から淡々とした口調で聞かされた話
それを俺はアキの話だと思えなくて、このまま椅子からひっくり返ってしまいそうなくらいに傾いた首がますます右に傾いていく
キスをあまりしない?
あっさりとした前戯?
終わるとすぐにひとりでシャワー?
先生は今、誰のことを言ってるんだ…………??
「ふふ、今、誰のこと言ってるんだーって思った?」
「えっ…………」
「んふふ、図星?」
「あ…う………………」
呆然とした俺の唇に、ちょこんと先生の細い指が触れる
そんな先生の顔を不思議に思いながら見つめると、先生はふふっと目を細めてウインクを飛ばしてくる
だけど俺の頭の中は、ハテナマークでいっぱいのまま
アキのエッチが冷たいなんてそんな嘘、誰が流したんだろう
俺の知るアキとはまるで真逆
冷たいなんて言葉、アキには一番似合わない
俺はますます頭が混乱した
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