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予兆

昨日の午前1時 「恭亮さぁん……今夜どうですか?」 「んー?」 「だからー、この後ホテル行きたいなーって」 「えー、どうしよっかな〜♡」 ここは新宿にある行きつけのゲイバー いや、行きつけと言うよりかはむしろ第二の家だと言えるくらいに馴染んだ場所 カウンター席でママと話しながらいつものように強めのカクテルをちびちびと啜っていると、ここ最近よく来ている背の高い大学生の男の子がぎゅっと腰を抱いて頬を寄せてくる 甘えるようにアタシに擦り寄って、夜の相手を求めてくる 「ね、すげえ気持ちよくするから!」 「今日はアタシ、甘やかされたい気分なのよね」 「するする!すっげえ甘やかすからさ!」 「ふ〜ん………じゃあいいけど……?」 仕方なく頷きごくりとカクテルを喉に通すと、彼はキャッキャと喜んで尻尾を振る あーあ、今日は年上の気分だったんだけど……… でもまあ、いっか………… アタシは毎日のように、ここで夜の相手を探す アタシの趣味は男を食い漁ること 今までの経験人数は3桁に及び、三度の飯よりセックスが好きな自他共に認めるセックス中毒だ 平日は朝から働いているし、一応学校という場所を選んでいるがそれでも夜遊びはやめられない ショートスリーパーであることがある意味救いだ 「恭亮、今夜の相手もう決まってる?」 「あーうん、今日はこの子」 「なーんだ、一足遅かったか」 「残念、また今度ね♡」 すると今夜の相手である長身の大学生の反対側に、もうひとり 黒い髪をオールバックにした少し年上のいい男 ポケットからぶら下がる車のキーは高級外車のものだ この人はとびきりセックスが上手くて、あそこもでかいからお気に入りのひとり だが今日の相手はもう決まってしまった 年上に抱かれたい気分だったから、本当はこっちの男がよかったけれど……… 「恭亮さん、今日さ………」 「あ、待って、電話掛かって来ちゃった」 「もお〜〜〜」 「少し待ってて♡」 するとポケットに入れたスマートフォンが長くバイブレーションし始める くっ付いて甘えてくる大学生を子犬のようにこちょこちょと撫で、アタシは椅子から立ち上がる そして名残惜しそうに手を伸ばすその子にチュッとリップサービスをすると、スマホを持ってトイレに向かった 「ヒロちゃん?こんな時間に………」 トイレに行くまでの少し長い廊下でスマホの画面を見ると、そこには“広崎輝”の文字 ヒロちゃんはアタシのいとこで、アタシが勤めている学校に通う高校2年生だ 最近は翔ちゃんと言う可愛い本命彼氏が出来て、たまに保健室で相引きをしている だけど高校生がこんな時間に、何の用かしら…… 「もしもし?」 『あ、恭ちゃん……?オレ………』 「どうしたの?こんな時間に電話なんて」 『ち、ちょっと相談があってさ………』 トイレの扉をパタンと閉めると、通話ボタンをタッチして電話に出た 電話の向こう側からは低く通ったイケメンボイス だがそんなイケメンボイスは、どこか不安そうな声色を電話越しに伝えてくる 相談…………?珍しい……………… 「どうしたの?」 『その、さ………』 「何よ、勿体ぶらなくていいから早く言ってごらん?」 『実は……………』 電話の向こう側でもじもじとしたような歯切れの悪い声を出す従兄弟 そんな彼を急かすように問い詰めると、はぁと一度深く息を吐いて語り出した 「へぇ……………あのヒロちゃんがねぇ……」 『翔にだけは嫌われたくないから、なかなか言い出せなくてさ…………』 「今までのヤリチンキャラはどこに行ったの〜?」 『ヤ、ヤリチンじゃねえって……』 それからヒロちゃんは、話した 翔ちゃんとの性生活 いつも相手のために1回で終わらせてしまうが、そろそろ限界だと だけどそれを、どうしても恋人に打ち明けられず2回目を求めることが出来ないのだと こんなヒロちゃんははじめてだった 今までは次々に彼女を取っ替え引っ替えして、絶倫ヤリチンなんて噂まで流されていた男 彼と経験のある女子生徒の話によると、セックスは上手いが冷たくどこか遠いセックスをするらしい そんな彼が、恋人に嫌われるのを恐れて2回目を求められないなんて こんなこと今まで無かったのに凄い成長だ 「大事にしてるんだ?」 『……うん、すっげえ大事』 「ふふ、本気なのね♡」 『こんな欲塗れの自分見せて、嫌われないか心配で…』 電話を通すと少しこもって聞こえる声 そんな声は、どこか不安と不満を含んでいるようにも聞こえる いつもは爽やかで余裕があって女に困ったこともなくて、アタシでも思わず見惚れてしまうほどに男前な彼 だけどそんな彼が今、欲求不満で震えている 何だか面白いことになりそうな予感がした

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