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合鍵
右の手のひらにはキラリと輝く冷たい無機物
手のひらでぐっと握ってしまうとすっぽり隠れてしまうそれは、どこか歪な形をしている
アキが俺に渡したもの
それは“鍵”だった
「これって……………」
「うちの合鍵」
「え、えっ………えっ!?い、いいの……?」
「ん、ずっと渡そうと思ってたんだ」
銀色の、うちの鍵とは少し形の違う鍵
その上部に開く小さな穴にはなぜかハチワレ猫の小さな鈴付きマスコットが付けられている
俺が手を動かすたびに、その小さな鈴がチリンと心地の良い音を鳴らす
アキはいつものようににっこりと微笑んで、俺の手から自身の手を離す
合鍵………………
「ほ、ほんもの……………?」
「あはは!本物だよ!信じてねえの!?」
「だ、だって……………」
「正真正銘、うちの鍵だよ」
ストラップの紐をつまみ、くるくるとそれを見回して本物かどうか見極める
そんなことをしても俺にアキの家の鍵が本物かを見抜く術など元よりないのだが、それでもまだ信じられなくて俺は鍵をじーっと見つめる
そんな俺を見て、アキはクスクスと笑いながらポケットに手を入れ自身のキーケースを取り出した
そしてそのキーケースを開くと、自身が普段使っている形と見比べられるようこちらに向けてくる
「ほんものだ…………」
「な?これは翔が持ってて」
「ほ、本当にいいの……?家の鍵だぞ………?」
「ん、翔にもらって欲しいんだ」
アキが持っているキーケースの中に掛かった鍵と自身の手に置かれている鍵を見比べる
すると確かにこの2つは同じ形をしており、アキが渡してくれた鍵が本物だと証明される
いや、分かっていた
アキが偽物なんか渡さないことは
だけど大切な家の鍵を俺に預けてくれるほど信頼してもらえているなんて、信じられなかったんだ
最後にもう一度確認を取ると、アキはキーケースをポケットに仕舞い俺の顔を覗き込むようにしながらぎゅっと手を握ってくる
そして鍵を持つ俺の右手を包み込むように両手を閉じる
アキのその手は鍵とは対照的に火傷しそうなくらいに温かくて、その熱が俺にも移る
いや、アキのこの熱はそもそも俺から移ったものかもしれないな
「夏休み、たくさんお泊まりしような」
「たくさん…………?」
「そ、たくさんお泊まりしてたくさんデートしような!」
「…………………ありがと…大事にする」
俺の手を包むアキの手に、残った左手を重ねた
そして一歩前に出て大きな恋人との距離を自らの意思で詰める
俺が一歩近付いたのに気付くと、無邪気な笑顔を俺に向けるアキも俺に一歩近付いて距離を詰める
あと少しでぎゅっとその胸に収まってしまいそうな距離感は、パーソナルスペース広めな俺でもむしろ心地が良い
「ぎゅってしていい?」
「………………学校だけど」
「でも今は2人っきりだからさ、な、だめ……?」
「…………だめじゃない」
あと少しで体ごとくっ付いてしまいそうな距離にいるのに、アキはわざわざ許可を取る
俺が“だめ”と言わないと分かっていながら、アキは俺にイチャイチャしていると自覚させるため取らなくて良い許可を取るんだ
その思惑通り、俺は首を横に振って自ら一歩踏み出しアキの胸に体を埋めた
「あー……翔いい匂い………好き」
「やだ、恥ずかしいから嗅ぐな」
「んー、翔好き好き……」
「うぅ……………」
アキから先に、俺の体に手を回す
そしてぎゅっと強く俺を抱きしめると、首筋にぐりぐりと顔を埋めて甘える
まるで口癖のようにすきすきと吐き出される愛は、軽々しく聞こえるはずなのに俺の心を潤していく
すんすんと首筋の匂いを嗅がれ恥ずかしい気持ちの俺だが、実は内緒で俺もアキの匂いを嗅いでいる
真っ白なアキのシャツからはサッパリとした制汗剤の香りと、消しきれていない汗の香り
その香りがなんとも人間らしくて心地良くて、俺もアキの背中にそっと腕を回した
「な、チューは?チューもしていい?」
「なっ………お前調子乗ってるだろ」
「お願い、1回だけ!」
しばらくアキの体温を体に焼き付けるようにお互いの匂いを嗅ぎ合っていると、不意にアキがガバッと体を離して今度はキスのおねだり
途端に顔が熱くなり、アキの胸をぐっと両手で押す
だがそれでもアキは俺の腰を捕まえて、俺が縦に頷くのを今か今かと待ち構えるようにその整った顔面を近付けていく
ったく…………甘えん坊め………………
「……………ん」
「んふ、なにその口、可愛い」
「もう…するなら早くしろ………」
「はいはい」
仕方なく俺は、目の前のアキに向かってにゅっと控えめに唇を尖らせその優しげな瞳を見つめた
すると調子乗り男状態の恋人は親指で俺の唇を撫で、んふふとご機嫌そうに笑う
そんなアキを急かすように今度はぎゅっと強く目を瞑ると、今度こそアキの唇と俺の唇が重なった
「んッ……」
「ふふ、翔好き好き、もういっかい!」
「ンあっ!お前!1回だけって言ったのに!」
「やったもん勝ち〜」
3秒間ほど優しく重なった唇を離す
とろりととろけてしまいそうなほどに心地の良いアキとのキスは、学校でするとスリルを含む
すると油断した隙に不意打ちのバードキス
チュッと音を立てて短く唇が触れ、それに怒るとアキは無邪気に笑いながら俺を置いて逃げるように駆けて行く
アキと付き合ってもうすぐ2ヶ月
俺にとってはじめての、東京での夏休み
そんなはじめての夏休みも、アキとたくさん思い出を作れたらいいなと
俺は心の中でそう呟き、新しい鍵をぎゅっと握りしめた
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