そして放課後 無事に終業式も終わり、明日から晴れて夏休みがスタートする 今日は教室に置き勉していた教科書もいくつか鞄に入れて、上履きも一度洗うために鞄に詰め込んだ 「な、今日は泊まってく？」 「今日はいいや、荷物多いし」 「そっかぁ、残念」 「……また今度、泊まればいいだろ……？」 アキと一緒に階段を降りながら、俺たちにとっては至って普段通りな会話をする アキの誘いを俺が断ると、駄々をこねるようなことはなくそっかと言って少し眉を下げるだけ 俺が断ってもそれを責めたりしないのが、アキのいい所だ 「うわっ」 「ん？どうしたアキ」 「あー…………」 「うわっ！すご………」 下駄箱にたどり着き各々自分の名前が書かれた箱を開けると、アキが急に驚いたような声をあげる それに反応し俺はアキの方に視線を向けると、そこには靴箱パンパンに詰められた手紙の山 アキのローファーを覆うようにして置かれたそれらは、どれも可愛らしい封筒に包まれている な、なんだこの量…………！ てかこれ全部、ラブレター…………？ 「お前これ、どうすんの？」 「あー………とりあえずそのままでいいや」 「えっ、持って帰って読まないの？」 「実はちょっと手紙にトラウマあってさ……」 隣で困ったように頭を掻くアキに尋ねると、持って帰ってそれを読むつもりはない模様 むしろ“トラウマがある”と言って手紙を掻き分け無理矢理靴を取り出している トラウマって…………… 俺がそう疑問に思っていると、アキが何かを思い出すように語り始めた 「オレが1年の頃さ、今みたいに下駄箱に手紙が入ってたことがあるんだけど………」 「うん」 「差出人の名前が書いてなくてさ………」 「………うん？」 そう語り出したアキの顔色が、段々と明るさを失った青白く染まっていく そしてアキらしからぬ様子でカタカタ震え、自身の下駄箱に大量の手紙を残したままパタンと閉めた 「手紙と一緒に、髪の毛の束入れられてたんだよな…」 「ひぇッ…………」 そして語られる、トラウマの正体 アキのまさかまさかなホラー体験に、なぜか話を聞いただけの俺も背筋がゾクッと震える 背中を何かに触られたような悪寒がして、俺は思わずアキにひしっとくっ付いた 「こ、怖………ッ！！」 「だろ？オレもすっげえ怖くてさ」 「う、うん…………！」 「それから手紙開けるの何か嫌なんだよな」 今度はなぜか笑い話のように微かに笑ったアキが震える俺をおーよしよし、と撫でてくる 俺はアキの言葉にぶんぶんと強く頷いて、手紙は開けない方がいいと念を押す それからしばらく下駄箱で怖さを消すような面白話をされてから、俺たちは並んで外へ出た 外へ出ると、空はまだ明るいが少しずつ日が沈み始めていた だが日が登っている時間の長い夏だ、真っ暗になるにはまだ少し時間が掛かるだろう 俺は夏の夕方の香りをすっと吸い込んで、アキと共に家路に着こうと歩き出した その時 「あっ、輝くん……！少しいいかな……？」 下駄箱から正門まで向かって歩く俺たちの前に、1人の女子生徒 ふんわりと長いウェーブがかった茶髪に短めのスカート ぱっちりと開いた大きな瞳は白い肌によく映え、長いまつ毛が瞬きのたびに煌めいて見える そんな華奢な女子生徒は転校生の俺でさえその存在を知っている学校のマドンナ、姫野さんだった 姫野さんはアキを呼び止め、少し先の校庭で話がしたいと言ってアキを見つめる その眼中には俺の存在などあるはずもなく、俺はこれがアキへの“愛の告白”だと瞬時に察する 「お、俺喉乾いたから自販機行って来るね…！」 「ごめんな翔、少し待ってて」 「う、うん、俺は大丈夫……！」 その瞬間、なぜだかは分からないが自ら身を引いてしまった アキの謝罪に俺はぶんっと頷き、そして2人に気を使うように理由をつけて自販機に向かって逃げるように小走りをする なぜかはわからない 朝も中休みも昼休みも、今日だけで20人を超える人がアキへと愛の告白をしに来た その時だって大人しく待ってはいたが、どこか拗ねたような態度を見せてアキにご機嫌取りをさせた ずるいやり方だけど、アキの愛情が自身に向いていることをこっそり確認した だけどなぜだか今だけは、それすら出来なかった 目の前の美しい2人があまりにもお似合いで、出来なかったんだ それまでの安い嫉妬とは違う、本気で胸を締め付けられるような思い アキはアキの意思で俺と付き合ってくれているが、もし俺がこの学校に転校して来なければきっとあんな美人で可愛い彼女と順風満帆な学園ライフを送っていたに違いない そう思ってしまったんだ あ、どうしよ…………………… 何だか、泣きそうだ