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お似合いのふたり
可愛かったな……………
そりゃ他の女子だって可愛いしキラキラしているけど、学校のマドンナな姫野さんは別格だった
俺と違う長くてふわふわの髪
女子特有の細くて柔らかそうな体つき
肌は真っ白で頬と唇はほんのりピンクで
パッチリした二重瞼の大きな瞳は長いまつ毛を添えて、ますます輝いていた
俺なんかとはまるで違う、可愛くて美しい人だった
アキと並ぶと、まるで誰もが憧れる芸能人のカップルみたいだった
「う……………」
自分の心で思ったことが、自分の心を傷付けていく
こんなこと考えるべきじゃないと、そう言い聞かせようと思っても俺の脳みそは勝手に嫌な想像を働かせて勝手に落ち込む
自販機にたどり着いた俺はほぼ無意識のまま自販機のコイン投入口に500円玉を入れ、野菜ジュースのボタンを2回続けて押す
ガタンガタン、と2本出てきた野菜ジュースは俺にぶどう味のグミをくれたアキへのお返しのつもりで買ったのだと思う
「…………大丈夫、だよね……」
だけどそれでも俺は、アキを信じる
アキは今までどんな誘惑を受けてもそれを断ってくれた
その相手がどんなに美人でスタイルが良くても、全く靡かなかった
だからきっと、大丈夫
アキのことだから、大丈夫なはずなんだ
野菜ジュースの紙パックを持つ手に力がこもる
パックを潰してしまわないよう咄嗟に手の力を緩め、少し凹んでしまったそれを無理矢理元に戻す
そして俺は、一度その場で深呼吸をしてアキがいる校庭へといつものペースで歩いた
とことこと硬い地面を歩き、アキの元へと戻る
俺の手には2本の野菜ジュースがそれぞれ右手と左手に1本ずつ握られており、凹んでいない方はアキにあげようと考えていた
俺があの場を離れてから10分ほど経っている
もうそろそろいいだろう、と思い俺は止まることなくアキが姫野さんに連れて行かれた校庭へと足を踏み入れた
その時だった
「え…………………」
そこにはアキのネクタイを引っ張るようにして顔を上に向ける姫野さん
そしてその姫野さんに引かれるように下を向いた、俺の恋人の姿
2人のシルエットは、明らかに重なっていた
その異様なようで本当は普通の光景に、俺は声をあげることも出来なかった
ただひたすら、ぽつんとその場に立ち尽くすことしか出来なかった
3秒間ほど重なっていたそれが離れると、無抵抗なのか放心状態なのか分からないアキが一歩後ろに下がる
「私ね、はじめてなの………」
「…………」
「輝くんにファーストキス、奪われちゃった…♡」
「…………」
微かに聞こえる、高く澄んだ声
アキは依然として何も言わないが、それでもその場を離れることはない
すると一歩離れたアキに、姫野さんが大きめの一歩で距離を詰める
そしてまるで少女漫画の主人公のような輝く瞳でアキを見上げて、きゅっと制服の裾を摘んだ
「ね………私のこと、好きになった…?」
「…………」
「私たち、お似合いだと思うの………♡」
そう言葉を放ったつやつやの唇が、再び背伸びをしてアキに近付いていく
そんな光景を見て、俺はどうすることも出来ないままじっとアキを見つめるだけ
きっとまだ心の中で、アキがそれを否定してくれると一縷の希望を消してはいないんだ
「…………そうかもな」
だけど俺のそんな希望は、儚く砕け散った
その瞬間、俺は手に持っていた2本の野菜ジュースをその場に落として走り出していた
行くあてなどないが、それでももうこの場にいることは出来そうもなくてひたすら逃げた
「っ……………」
堪えていた涙が頬を伝う
頬を伝った涙がは走る俺のスピードに付いて来られず、その場に置き去りにされていく
俺の心はショックを受けた
だけどどこかで2人がお似合いなことに、納得してしまう自分がいる
キスだって、あの状況から見てアキが容認した訳でもましてアキからした訳でもないと分かっている
あれは姫野さんが強引にしたものだって、ちゃんと理解している
だけどそれでも大きく膨らんでいく醜い嫉妬心が、俺の心を蝕んでいく
そんな器の小さい自分が嫌いだ
アキを最後まで信じることができなかった自分が嫌い
だけどあの状況で今の俺にどうにかすることなんて出来なくて俺はひたすら走った
たどり着いたそこは、1本の大きな桜の木のある校舎裏
物干し竿に掛けられた真っ白なシーツが風でゆらりと揺れ、ふんわりと心地良い石鹸の香りを運ぶ
「はぁ………は、はぁ……っ」
ひたすら走った俺がたどり着いた場所は、保健室のちょうど裏側だった
はぁはぁと切れる息を整える暇もなく姿勢を立てると、かつてアキと共に並んで座った端っこのベッドのカーテンがゆらゆら揺れているのが見える
保健室にはまだ明かりが付いていて、どこからか心地の良いコーヒーの香りも漂ってくる
するとそんな保健室の裏口の扉が、不意にがちゃりと開いた
「あらっ?翔ちゃん?」
「ひっく……ぅ…………うぅ……ッ」
「えっ、ちょっ、どうしたの!?泣いてるの!?」
「ないて、ない………っ」
その扉から出てきたのは、言うまでもなくこの部屋の持ち主である網走先生
本日もその艶っぽい美しさは健在なようで、風で靡く白衣がまるで天使の羽衣のようだ
先生は俺の姿を見つけるなり様子が変なことに気付き、慌てて駆け寄ってくる
そして泣いてないと首を横に振る俺に、泣いてるじゃないと言って白衣の裾で俺の頬を優しく擦る
「ほらほら、何があったか知らないけどおいで」
「う………っ」
「ほら、コーヒー淹れてあげるから」
この間、先生の優しさは十分に知った
親身になって話を聞いてくれる、聞き上手な人だ
そんな先生を信用しきった俺は、コーヒーの言葉にこくんと頷き先生に背中を押されて保健室の中へと足を踏み入れた
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