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野菜ジュースとダメ彼氏
放課後、いつものように翔と共に帰宅するつもりで外へ出た
そして翔と一緒に下駄箱を出て正門へ向かっていると、1人の女子生徒がオレを呼び止めた
そいつとは1年の頃同じクラスで、当時からお似合いだなんだと持て囃されてきた
だがオレ自身それを鬱陶しく思っていたし、何となく腹の中の黒い部分があるような気がしてあまり得意な相手ではなかった
そんな相手が、オレを呼び止め校庭へと誘う
もちろん本人の気持ちを蔑ろにする気はないし、話も聞かずに拒絶したりはしない
仕方なくオレは姫野の話を聞くことを決めると、それとほぼ同時に翔が気を使うように立ち去る
あぁオレ、さっきも翔を寂しくさせたばかりだってのに
また翔を不安にさせちまうよな………
本当にオレはダメな彼氏だよな
「私、輝くんが好きなの」
「……………うん」
「私と、付き合ってほしいの」
「……………」
そして告げられる、予想通りの告白
もちろんオレのことを好いてくれているのは嬉しい
だけどこいつらが好きなのはオレの見た目と家柄と、オレを隣に並べる自分だ
決してオレの中身なんか、見ちゃいない
目の前でぱちりと瞬きをする大きな瞳はまつ毛が長くてオレの好みだ
だけどそれは、翔も持ってる
華奢な体もすらりと伸びた長い脚も、全てを翔は持ってる
見てくれはもちろんだが、オレの本当を知っても嫌わないでいてくれる所も
未だにオレの家柄を知らないことも
外見だけで好きになってくれたわけではないことも
翔はオレが欲しい気持ちだって、全部持っている
“お似合い”なんて言葉で片付けられないほどにオレは翔が好きだ
だから彼女がどんなに可愛くて周りが憧れるような美女であったとしても、オレの答えは変わらない
「………………ごめん」
「え……………」
「オレ、好きな人いる」
「……………」
姫野の瞳をまっすぐ見つめて、素直な気持ちを告げた
ふっと生暖かい風が吹きオレの短い前髪を揺らす
夏にしては比較的穏やかな方であろう今日の気温は、肌を焼くほどでもない
オレの鼓動は落ち着いていて、静かに全身へと血液を巡らせていく
だがそんなオレの血液を、一瞬にして頭に昇らせるような出来事が起こる
「んっ……」
「っ…………」
隙を突き、姫野がオレのネクタイがぐっと掴んだ
そしてオレが抵抗する暇もなくそれをぐいっと引っ張り背伸びをしてキスをされる
唇には柔らかい感触
それにグロスのようなべたつき
終業式だからと珍しくネクタイを締めて来たことをオレは深く後悔した
「私ね、はじめてなの………」
「…………」
「輝くんにファーストキス、奪われちゃった…♡」
「…………」
そう上目遣いで言い、きゅっと制服の裾を掴まれる
そして恥じらうように頬を染め視線を逸らしながら、まるでオレがオレの意思でキスをしたかのような物言いをされる
いらない
君のファーストキスなんか、オレは欲しくない
オレが全てにおいて“はじめて”を欲しているのは、この世でただ1人だけだ
「ね………私のこと、好きになった…?」
「…………」
「私たち、お似合いだと思うの………♡」
そして姫野は一歩後ろへと引いたオレとの距離を再び詰めるように一歩近付き、自身に満ち溢れたような瞳で見つめる
グロスの剥がれた口元は、微かに笑っている
だけどその言葉が、オレにはどうしても引っかかった
“お似合い”の意味が、オレには分からない
“お似合い”だから付き合う理由が、見当たらない
可愛い顔でキスをしたことが、好きになる理由にはならない
「……………そうかもな」
オレは姫野の言葉に遅れながら頷いた
そんなオレを見て、姫野の顔には期待と自信がみるみるうちに溢れてきている
そんな姫野の整った顔を見ても、オレの心拍数は上がらない
毎日会っている翔には、見つめられるといつもドキドキと鼓動が高鳴るのに
それに、キスをしたらオレが落ちると思っている時点で甘いんだ
だから悪いが、オレは本音を言わせてもらう
「だけど、だから何?」
「……………………え?」
「お似合いだから付き合う理由って、何だ?」
「そ、それは………っ」
そう問い掛けながら、オレは自身の唇を腕でゴシゴシと強く拭う
それでもなかなか消えないグロスの香りとベタつきが嫌で、オレは血が出そうなほどに強く唇を拭う
そんなオレを見て、姫野は戸惑いとどこか怒りににたような空気を出し始める
まるで可愛い自分の言いなりにならないオレが、気に食わないといった様子でぎゅっと唇を噛む
「オレ、すっげえ好きな人いるんだ」
「っ……………」
「すっげえ大事にしてる人、いんだ」
そう言ってその場から立ち去ろうと、オレはくるりと振り返って歩き出した
酷い言い方をしたかもしれないが、無理矢理キスをして落とそうと思っていることに心底呆れたんだ
だが、そんな背を向け歩き出したオレの腕をぐっと強く掴まれる
オレはぴたりと足を止め立ち止まる
「で、でも私の方が相応しいでしょ……!?」
「………………」
「私の方が、輝くんの彼女に相応し…」
「ごめん、相応しいとか、関係ないんだ」
今度は懇願するような態度で引き止められる
瞳にはうっすらと涙が浮かんでいるが、この涙は悲しみではなく屈辱からくるものだとすぐに察する
だがオレはそんな姫野の言葉を遮るように言い放ち、優しく腕を解き再び歩き出した
彼女として相応しい?
それって恋愛に必要な要素か?
それにオレは、言い方を借りるなら翔がオレにとって最高に相応しい相手だと思っている
「翔……………?」
だがそう思っていた矢先、オレの足元に紙パックの野菜ジュースが2本転がっているのに気付く
その野菜ジュースは翔お気に入りのメーカーのもので、自販機限定フレーバー
オレはぴたりと立ち止まり、地面に落ちているそれを拾い上げた
その瞬間、全く上がらなかった心拍数が一気に上昇した
そして自分の愚かさを反省するより先に、野菜ジュースの紙パックを握りしめて走り出した
翔、ごめん
また悲しませちまったよな
オレ、本当翔に相応しくないダメな彼氏だ
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