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束縛

ゆっくりと日が沈んでいく もうどのくらいここに居座っているか分からないが、恭ちゃんは特に文句も言わず仕事をし始めたのでオレたちもそのまま向き合う 「翔は何が嫌だった?オレ、ちゃんと直すから」 「……………」 「オレのために教えてくれるか?」 「………お似合いだって言われて、頷いたのが嫌だった」 翔にとってオレはダメな彼氏 もう何度翔に悲しい思いをさせて、涙を流させたか片手ではとても数え切れない それなりに尽くして来たつもりなのに、それを引き合いにしてもおつりが来るくらいにオレは翔を傷付けてしまっている このままじゃオレは翔と付き合う前の、みさきさんにも見放された自己中男のままだ だからちゃんと変わらなきゃ、翔のために オレは床に膝をついたまま、椅子に座る翔の手をぎゅっと握って丁寧に訪ねる すると最初は唇を噛んで俯いていた翔が、オレのためと聞いて口を開いた 「けど…………」 「けど?」 「…それよりも、アキのことを縛っちゃう俺なんかの器の小ささが嫌だ」 「翔………………」 翔の口から出た、翔の本音 普段は恥ずかしがってあまり話してくれないし、翔がこうやって正直に何かを語る時はよっぽど心が切羽詰まってしまった時だけだ だけどそんな翔の本音は、オレにとっては否定せざるを得ないものばかり 翔の器は小さくなんかないし、むしろ翔の器のサイズを超えてしまうようなことをしたオレが罪深い それなのに元より自己評価の低い翔は、いつもいつも“俺なんか”と言って自分を卑下する 「違うよ、翔、それは違う」 「……でも……………」 「ごめん、そんな風に思わせて」 「ち、ちがうってば………」 オレの方に体を向けたまま俯き、小さな声でもにょもにょと喋る翔 もじもじと指先を弄りながら今度はオレの否定を翔が否定する そんな翔の手を再び捕まえぎゅっと握ると、しっとりとした柔らかいその手は微かに熱を帯びている 「いいんだよ、たくさん束縛して」 「ア、アキは束縛嫌いだろ…?」 「そりゃ好きでもない相手からされるのは嫌いだぜ」 「う…………」 どうやら翔の言い分を分析するに、翔は自分がこうやって嫉妬をすることによってオレを束縛してしまっていると思ったようだ そして翔と付き合う前は他人からの激しい束縛にうんざりし、それによってオレが束縛が嫌いだと思い込んでいたらしい だけどそれは少し違う 好きでもない相手からされるから“嫌い” 「けど好きな人からされるのは、すげえ嬉しいよ」 そう言ってオレは翔の右手をぎゅっと両手で包み込んだ オレの両手にすっぽりと収まってしまう翔の細い手 決して小さいわけではないし、むしろ身長が高いので男の中では少し大きめな方だと思う それでもオレの手と比べると一回りも小さい翔の手は、オレにとってとても心愛しい存在 そんな翔の手に縛られるなら、オレは痛くも痒くもない 「その代わりオレもするよ、束縛」 「え………………」 「オレ、翔が思ってるよりずーっと強いよ、独占欲」 「あ、ぅ………………」 翔の手を痛くない程度にぎゅっと強く握り指を絡ませる 次第に翔の顔が熱い温泉に浸かっているかのように首から赤く染まり、やがて体の頂点まで達する そして首から耳まで真っ赤になった時、翔はこくんと小さく頷いた 心からじゅわっと何かが溢れるような思い まるでレモンを絞るように一気に美味しい蜜がじんわりと広がって心を浸していく 「な、チューしてもいい?」 「……………」 「ちゃんと歯磨いたから、だめ?」 「…………………だめ」 そんな真っ赤な翔にキスを求めると、翔は一度物欲しそうな顔をしたが首を横に振る 歯磨いたんだけどな、とオレは心の中でだけそう呟きそっかと頷いて立ち上がる するとそんなオレの制服の裾を、きゅっと掴まれる 「ここじゃ、だめ………」 そしてちらちらと上目遣いでオレを見つめながらそう言った翔は、言葉を紡ぎきると恥ずかしそうに頬を染めそっぽを向く そんな翔の姿に、校庭ではちっとも上がらなかった心拍数がどくんと上がる 「どこだったらしてもいい?」 「………………おうち」 「……お泊まり、する?」 「………………仕方ないから、してやる……」 一度断られたお泊まりのお誘い それをこんな形で覆されるなんて、もしかして翔は小悪魔だったのだろうか 恥ずかしそうに潤んだ瞳 少し拗ねたような口調もつんと尖らせた唇も、他の誰より魅力的だ やっぱりオレには、翔だけだ 翔がオレにとって、最高に相応しい相手なんだ だけど翔にとってオレは、まだまだダメな彼氏止まり だからこの夏休みは、オレにとって名誉挽回のチャンス もっともっと翔に尽くして、翔にとってオレが最高に相応しい彼氏になれるように気合いを入れなければな 「痴話喧嘩は終わったぁ〜?」 「ちっ、痴話喧嘩………っ!?」 「おう!邪魔して悪かったな!」 「いいのよ、イイもの見れたし♡」 デスクに体を向け仕事に戻っていた恭ちゃんが、椅子に座ったままくるりと一回転してこちらを向いた そしてどこかニヤニヤと艶っぽい笑みを浮かべてそう問い掛けてくる オレは照れる翔をよそに元気に返事をし、そして翔と2人で保健室を後にした 翔が落とした野菜ジュースは、その後一緒に冷蔵庫で冷やしてお、風呂上がりのデザートになった こうして、オレたちのはじめての夏休みが幕を開けた

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