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海水浴準備

「あんたたちさぁ…………」 アキの口や手に付いたアイスクリームをティッシュで拭き取ってやっていると、向かい側に座った姉ちゃんが頬杖をつきながらじっと見つめてくる ばっちりとメイクの施された目力の強い瞳は俺とアキを交互に見渡すように左右に動き、真っ赤なリップが塗られた口元はにんまりと笑っている 俺はこの目の前で笑う女の意図を、アキよりも先に読み取ってしまう 「はっ………!」 「お、取れた?」 「あっ、あとは自分でしろ……っ!」 その瞬間俺はアキの顔に触れていた手をバッと退かし、持っていたティッシュをアキの手に無理やり握らせた そして体をそっぽ向け、意思に反して赤くなった顔を隠すようアイスを貪る アキの鈍ちん………… こういう時だけやたらと鈍いアキは、何が起こったのか分かっていないのようなぽかんとした表情をしている そしてすぐさま、俺のご機嫌がななめだと分かると横からオレのアイスも食べる?と甘やかしてくる それをいらない、と否定してますますそっぽを向くと、姉ちゃんが俺を無視してアキと話をし始める 「輝、あんたも一緒に来る?」 「え、いいんですか?」 「弟の誕生日プレゼントも買いたいんでしょ?」 「一緒に選んでくれます!?」 そう言ってアキを誘う姉ちゃんは、テーブルに肘をついたまま溶け始めのチョコミントアイスを運ぶ 綺麗に塗られたリップを剥がさないようにするテクニックは、姉のお得意術だ アイスをすでにほとんど食べ終わってしまったアキは姉ちゃんからの誘いにまた瞳を輝かせ、食い気味にそう問い掛ける どうやらアキの話によると、もうすぐ誕生日の小学生の弟へのプレゼントを迷って決めかねていたらしい 「こいつより荷物持ちもしてくれそうだし」 「はい!オレ何でもします!」 「ちょっ……アキに雑用させんなよ………」 「いいんだぜ!オレが力持ちなの知ってるだろ?」 俺を“こいつ”呼ばわりし女王様のような表情の姉 アキはまた従順なワンコの顔でにこにこ笑い、俺がやめさせようとするのを優しく宥める まぁそりゃ、体重60キロ近くある俺を軽々と正面抱きするくらいなので力持ちなのは分かっているが なぜか嫌な予感がするんだ 何かこう、アキがいるとスリル満点の非日常を体験させられそうな、そんな予感がするんだ それにこの2人が束になると、絶対にタチが悪いはず 「ほら、あんた食べるの遅いわよ」 「へっ!?俺待ち!?」 「そうよ、輝待たせてんだから早くしな」 「いいよ翔、ゆっくり食べな?」 「もう、輝はこいつを甘やかしすぎよ」 するといつの間にかアイスを手に持っているのは俺だけになっている 指摘されてはじめてそのことに気付いた俺は慌てて冷たいアイスを頬張る 隣に座るアキが俺の口元に伝うアイスを指で拭うと、また姉ちゃんがにまにまと笑っていたのに気付き、俺はプイッと体を反対側へ向けてひたすらアイスを貪った 時は過ぎ時間は午後3時 フードコートを出た俺たちはその足で玩具屋に行き、アキの弟の誕生日プレゼントを選びに行った そして色々相談した結果、最近流行りのゲームソフトを贈ることに決定 これはゲーマー姉弟の俺たちのアドバイスだ それから姉ちゃんの目的だった全自動かき氷機を家電量販店で購入し、少し遅めの昼食を取って今は1階に特設された水着の販売コーナーに来ている 「あ、これなんてどう?」 「オレに似合うっすかね?」 「あんたは何着ても似合うわよ」 「あは」 俺が持つはずだったかき氷機を持ったアキが、姉ちゃんに海パンを選んでもらっている 少し照れ臭そうに笑うアキとその隣で海パンをいくつも持ち吟味する姉は、悔しいがまさに美男美女 何だかアキを取られたような気持ちの俺は、ぶつぶつと独り言を呟きながら適当に膝丈の海パンを手に取る 「お!それ可愛いな!オレも翔とおそろいにしちゃおっかな〜」 「なっ………!」 「な、おそろいだめ?」 「だ、だめに決まってんだろ!クラスみんなで行くんだぞ!」 するとさっきまで向こうで姉ちゃんと水着を選んでいたはずのアキがひょこっと顔を出した そしてたまたま俺が手に取った青色の水着を指差して純粋そうな瞳でにこにこを笑っている ここで再び炸裂するアキの“おそろい”攻撃 はじめてのデートの日から、意外にもアキはおそろい好きだというデータを更新中 この間はおそろいのキーチェーンをプレゼントされた だがこればかりは、おそろいにするわけにはいかない 何故なら明後日行く海は、クラスみんなで行くもの 俺たちが揃って同じ水着を着ていたら変な噂が立ちかねない 「ちぇー」 「拗ねてもだめ!お前がこれ着ろ!」 「じゃあ翔のはオレが選ぶー」 「なっ……何でだよ………………いいけど」 付き合っていることがバレるようなことにならないようそれを事前回避をする俺は、持っていた青色の海パンをLサイズに取り替えるとアキに押し付けた するとアキは俺のを選ぶと言い出し、俺がしぶしぶ許可する前にすでに俺に似合う水着を見繕い出す 「ねぇ、こんなのどう?」 「うわっ、際どっ、色々見えそうじゃん」 「見えそうで見えないからいいのよ」 「みさきさんなら何でも似合いそうっすね!」 俺がアキの一歩後ろでまたぶつぶつと独り言を言っていると、どこからともなく現れた姉ちゃんが黒色のえらく布の少ない水着を持って俺たちに意見を求めに来た こんなの着たらナンパ男の格好の的だろ、と思いつつもこの女がそれなりに奔放な性格なのを悟り俺は黙り込む アキは姉を煽てるのが上手なようで、嘘っぽくない瞳で微笑み姉を褒めている アキに褒められ気を良くしたのか姉ちゃんじゃあこれにしよ、と呟いてまたどこかへ消えていった 「な、翔」 「ん?」 するとそんな姉の背中を見送った俺の肩を、アキがちょんちょんと叩いて手に持っていた何かを見せつけた

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