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お婿さん候補

「輝くんみたいな子がお婿さんになってくれたら嬉しいわ」 アキと食器洗いをしている母さんの口から出たその声は、ソファで姉ちゃんにアイスをたかっていた俺の耳にもはっきりと届いた お婿さん………… 俺は思わずくるりと後ろを振り返ってキッチンのへ視線を向けた そこには俺と同じようにぽかんとした表情で母さんを見つめるアキの姿 「お婿さん………」 「そうよ!うちのみさきなんてどう?結構美人だと思うんだけど」 「あっ………えっ、と…………」 だが母さんがアキのお嫁さんとして名前を挙げたのは俺ではなく姉ちゃん いや、そう考える方が当たり前と言えばそうだ なぜならアキの性別は男、そして俺も男 そう分かっているはずなのに、心のどこかで寂しく感じてしまっている自分がいた 嫉妬とは違う、現実を突きつけられたような気持ち 俺は何も言えずに唇を噛み顔を伏せた そしてキッチンに背中を向け、何も聞いていないふりを始める だがそんな俺の気持ちを察してなのか、次に口を開いたのは俺の隣に座ってアイスを食べていた姉ちゃんだった 「母さん分かってないね、輝はあたしのタイプじゃないの知ってるでしょ」 「そうだけど、こんなにいい子ならいいじゃない」 「だめよ、あたしより強い男じゃないとだめ」 「あぁそっか、みさきには三郎くんいるものね」 「あれはそんなんじゃないってば」 そう言ってソファから身を乗り出すようにしてアキとの恋愛を断固否定する それでもアキと姉ちゃんのコンビをゴリ押しする母さんだが、姉ちゃんが折れることはない ちなみに母さんの口から出た“三郎くん”とは姉ちゃんの幼馴染で本人は認めないが初恋の相手だ 今どこにいるかは分からないが、俺にとっては兄のような人だった 「母さん、輝みたいな素直でいい子の相手は翔みたいな捻くれ者じゃなきゃ」 「え〜?そうなの〜?」 「なっ、何言って………」 「ともかくあたしはパス!黒帯着けてから来いっての」 強く吐き出された姉ちゃんの言葉に、俺は思わず戸惑い身構えてしまう だが姉ちゃんが俺たちの関係をバラすことはなく、あくまでそれを匂わせただけ 鈍感な母さんには、このニュアンスでは伝わらないと踏んでの発言だと俺は人知れず察する そして姉ちゃんはまるでそう言われるとことを鬱陶しがっているような態度で立ち上がると、半分くらい残ったカップアイスを俺に渡した 最後に俺に何かを訴えるように小さく目配せし俺の頭をよしよしと撫でると、そのままリビングから姿を消した 姉ちゃん…………… もしかして俺が、落ち込まないように…………? 姉のささやかな気遣いは、寂しさで萎れかけていた俺の心に水を与えた 実際に与えたのは食べかけのアイスだが 「何かごめんね輝くん、私余計こと言っちゃったわ」 「い、いえっ、いいんです!」 「お手伝いありがとね、助かったわ」 「はい!オレ、何でもします!」 母さんがアキの手に握られていた大皿を受け取り、謝罪とお礼を述べた そして私ったらお節介ね、と言ってうふふと誤魔化し笑いをしている それでもアキは笑顔を崩さないまま、明るい態度で母さんに接する 「あ、輝くん、今日は泊まって行ったら?」 「えっ」 「もう遅いし、せっかくだから朝までもてなしたいわ」 「え、えっと……………」 するとそんな笑顔で許してくれるアキに気を良くしたのか、今度はそんな提案 母さんと姉ちゃんは、顔も話し方も似ていないがこういう所はよく似ているとつくづく思う もう遅いしなんて、普段俺が朝帰りしても何も言わないくせにイケメン相手に猫を被っているんだろうか 母さんの思いもよらぬ提案に、アキは笑顔のまま戸惑ったようにキョロキョロし出す そして俺に助けを求めるよう子犬のような視線を送ってくる アキがうちにお泊まり…………… 何だかいつも俺がアキの家に泊まってばかりだし、これはこれで新鮮かも……… アキから助けを求められた俺は、そう思いながら許可の意味を込めて小さくコクンと頷いた するとアキの表情が一瞬にしてご主人目の前にハイテンションな犬のように明るく変わっていく 「じ、じゃあお言葉に甘えちゃおっかな」 「よかった!あっ、お布団出さなきゃね!」 「あっ、オレ運びます!」 「服は……翔のじゃ小さいかな…………」 こうしてアキの初、高村家お泊まりが決定した まさかアキと一晩うちで過ごすことができるなんて嬉しくて、思わずにやけてしまいそうになる そんな顔を見られないようクッションに顔を埋めると、アキはちょこんとオレの頭に触れながら母さんと共にリビングから立ち去って行った あの時感じた嫌な予感が今晩起こることに対して感じたものだと 今の俺はまだ知る由も無い

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