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海水浴日和
「よっしゃー、ついに来たぞーっ!」
「あはは、はしゃぎ過ぎて転ぶなよ」
「分かってる!」
「ほら帽子、ちゃんと被って」
結局俺の日焼け止め回避作戦は失敗
しかもその後なぜかアキにはぎゅっと抱きしめられ意味の分からない忠告をされた
だが何がともあれ準備は完了
アキに着せられた半袖のパーカーと麦わら帽子、アキに選んでもらった海パンにおそろいのビーチサンダルで着飾った俺はもう準備万端だ
更衣室を出ると俺はアキに荷物を持たせたまま白く輝く砂浜を駆け出した
「あち、砂入った」
「ほらもう、あんまはしゃがねぇの」
だがそんなハイテンションな俺の足を止めるのは、白くて熱い砂浜だった
ビーチサンダルの隙間から太陽光で熱せられた小さな粒がいくつも入り込み、俺の自由を奪う
それをアキにアピールすると、アキはしゃがんで俺の靴を噛む砂をはたいてくれる
そんなアキの肩にぺたりと手を置き片足ずつ上げると、アキはよいしょと言って砂を優しく払う
ふと俺は、そんなアキをじっと見下ろした
太陽に晒された健康的でハリの良い肌
とても同じ歳とは思えないほどに鍛え上げられた肉体
上から見下ろしてもその顔は整っており、まるで彫刻のようだ
360度どこから見てもかっこいいその男は、またいつものように大衆の視線を独り占めしていた
う……………っ
水着姿も絵になるなんて…………………
なんてズルいやつ…………………
思わずムスっと唇を噛み、そしていーっと歯茎を剥き出しにして威嚇してみる
それに気付きもせずひたすら俺のお世話をするアキは、俺の足に纏わり付いた砂をせっせと払っていた
だけど俺には、こんなに優しく尽くしてくれて完璧な男にでさえも不満を抱えていた
「……………んで…お前だけ………着てな……だよ…」
「ん?何か言ったか?」
「べっ、別に!何でもないっ!」
“何でお前だけ、服着てないんだよ”
そう小さく呟いた俺の愚痴は、アキの耳には届かなかった
何だか二度目を言うのは癪だし恥ずかしくて、結局俺はその小さな不満を飲み込んだ
アキは特に詮索することなくそっか、と言って俺に砂の落ちた靴を履かせた
俺には散々服を着ろだ他人に触らせるなだ何だと、口うるさく言ってきたはずなのに
それなのにお前はそんな綺麗な肉体晒して歩き回るのか、とそう問い詰めたかった
お前こそ色んな人に触られるはずなのに、と拗ねてご機嫌取りをさせたかった
だけど俺はそんな不満を、なぜか心に仕舞った
だめだだめだ、もう他人に左右されてはいけない
これからもずっとアキがモテるのは変わらないし、こんなことで一々嫉妬してご機嫌取りをさせるのは今この場でするべきことじゃない
今日ははじめてのアキとの海なんだ
一々細かいことで傷付いてないで、アキとの夏を存分に楽しむんだ
「はい、できたぜ」
「あ、ありがと………ッ!ほら、早く行こ…!」
「おう!」
そう心の中で誓った俺はきっと大人だ
と、そう自分を褒めアキに乱暴なお礼を言って砂の付いた大きな手を取った
そしてアキの手に付いた砂を払い落とすと、楽しい気持ちが沈んでしまわないように一足早く駆け出した
「お!来たか!遅かったな!」
「あぁ、ちょっとな」
「相変わらずすっげえ筋肉」
「はは、こんなの大したことないって」
それから俺たちはみんなが待つ集合場所に到着した
どうやら更衣室から戻ってきたのは俺たちが最後だったようで、気付くとパラソルも浮き輪もボールも全て準備済みだった
何だかみんなに任せっきりにしちゃったな…
これは帰り、しっかり片付け手伝わなきゃ………
アキに気付いた山本は真っ先にアキに飛び付き、その逞しい筋肉をからかうようにぺたぺた触っている
当の本人は謙遜などしているが、正直俺もあの筋肉は相当トレーニングを積まなければ到底辿り着けないだろうと思う
「え、輝くんの体やばいんだけど……♡」
「あたし、一回でいいから抱かれたい…♡」
「何あの胸筋、やばくない?」
「触らせてもらお……っ!」
そんなアキの肉体美に夢中なのは何も山本だけではなかった
クラスメイトの女子の半数が束になってアキの体に見惚れ、小声どころかむしろ聞こえるような大きな声で興奮を正直に物語った
その声に反応したのは周りにいる水着姿の女の人もアキに視線を向けている
そしていつものごとく女子の半分以上がアキに群がり、その逞しい体を媚びるようにぺたぺたと触った
はいはい、いつものことですよーだ
俺はもう全然気になんかしませんよーだ
そう自身の心の中で文句を言って俺はパラソルの下に敷かれたレジャーシートに座った
もうこんなの慣れだ、慣れるしかないのだ
「お、健、お前の浮き輪ドーナツじゃん」
「んふ!いいでしょ!可愛いでしょ!」
「可愛い可愛い、てかお前補習は?」
「うッ…………今その言葉言わないで……」
レジャーシートには鞄を漁っておやつを探る健も座っていた
そんな健の膝の上にはチョコレート掛けのドーナツを模した大きな浮き輪
それをとんとんとつつくと、健は鞄から朝一のおやつを取り出しご機嫌に自慢し始めた
俺が少し意地悪で“補習”と言うと、健は一気に顔を青くして唇を尖らせた
そして今日は休みだからいいもん、と子供のように呟いてお菓子のパッケージを開ける
「はい!翔も食べる?」
「ん、ちょっともらおっかな」
「んふふ、美味しいでしょ」
ころころと表情を変える健
ひとたび甘いお菓子を口にすると、再びその可愛らしい幼なげな顔を綻ばせて笑った
そんな健が可愛くて俺は健とぎゅっと距離を詰め、ぴたりと体をくっ付けて甘いお菓子を口の中で溶かした
「静ちゃん…何してるかなぁ………………」
ふと呟かれた健の独り言は、きっと無意識だと思った
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