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花標・3
蔓は強くて、厳しくて、横暴で、そしてわかりにくい優しさを持った男だった。
だから余計にあれは誰だと思う。
庭を散策する蔓と茉莉を離れたところからぼんやりと見ていた。
つきっきりで世話を焼く茉莉に蔓はすっかり気を許しているようで、大きな身体を甘えるように寄せている。頭にはまだ痛々しく包帯が巻かれており、時折痛むのか顔を歪めて立ち止まる。
その度に茉莉が自分こそ顔を青くさせて蔓を介抱していた。
「おうおう、お熱いことで」
「三椏」
よっこらせ、と隣に背の高い優男が腰を下ろす。やるか?と手に持った酒壺を掲げられて、首を横に振る。
「こんなところで油売る気か?」
「ああ?いいんだよ、部下の様子も見ておかないとな」
三椏は色子衆総締め、茉莉たちの上司にあたる。
甘い蝶たちをまとめるのは狡猾な蜘蛛のような男で、端正な横顔には猛々しい雄の色香が燻る。
「ところで辛夷、また鍛練に顔出そうとしたんだって?まだ自分の怪我も治ってないそうじゃねぇか、御頭が心配してたぞ」
「…大したことじゃねえよ」
確かに怪我は治ってないが、そこまでひどくもない。やることもなく、鈍る身体を放っておくこともできずに道場に向かったら、御頭に大目玉を食らったのだ。
てめぇに用はない、大怪我するだけだ、なんて怒鳴られて――あれは心配なんて生易しいものじゃなかった。
「落ち着かないだろうが、そう焦るんじゃないよ」
大きな長い指で髪をかき混ぜられ、頭を振って逃げる。嫌がる素振りに三椏はひどく上機嫌そうに笑った。
―――そんなやり取りをまさか蔓に見られていたとはまったく思いもよらず。
***
「辛夷」
珍しく蔓から声をかけられ、首を傾げてしまう。
近くに茉莉の姿も見えず慌てて駆け寄る。
「どうしたんだ?茉莉は?」
「茉莉は用があるらしくて、今日はまだ来ていない」
「そうか」
「辛夷、最近オレのところに来ないよな」
何を言ってるんだろう、と蔓の言葉に目を丸くした。
「茉莉もいるし、オレの手は必要ないと思って…なにか困ったことでもあったか?」
「まぁ、な」
歯切れの悪い蔓なんて見慣れないものにひどく驚く。
けれど心のどこかで、別人だからな、と囁く声がする。
「この前、辛夷といっしょにいた男、あれ誰だ?」
「誰…三椏か?古い先輩、みたいなものだな」
オレの答えに、蔓はふうんと頷いた。
なんてことない友人同士のような会話にむず痒くなる。
蔓は年上で出会った当初は敬語だったし、親しくなってからも蔓の態度はあまり変わらなかったから。
「なあ、あのさ、」
「ごめんな蔓、いま御頭に呼ばれてて」
言いかけた蔓の言葉を遮ってしまった。
「あ、ああそうか、悪かったな引き止めて」
「いや」
困惑した様子の蔓に別れを告げて背を向ける。
御頭に呼ばれてるなんてうそだ。
ちり、と胸が焦げるように痛んだが、気付かない振りをする。
これは言い訳になるが。
オレが蔓との会話に気が進まないのは、恋人が別人のようになってしまっただけではなく、話せないことが山ほどあるからだ。
任務のことは当然。オレのことも蔓のことも、この屋敷のことだって、何ひとつ話せることがない。あの夜のことなんてもっての他。
蔓はこのまま何も知らず自由に生きていける可能性があるのだから、オレがそれを阻むわけにはいかない。
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