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六、黒以外似合わない 前
チャキチャキチャキと金属が擦れる音と一緒に髪の毛の束がパサリと落ちていく。
視界を塞いでいた前髪がなくなったせいでなんだか眩しい。眼鏡をかけていないから、鏡に映る自分の顔はぼやけているけれど。
「ねぇ、柊、髪も少し染めちゃったら? この子瞳の色薄いから、絶対似合うわ。色白だし」
「んー、任せるわ。とにかく可愛くして」
「あら…ふふふ。いいわよ、とびきり可愛くしてあげる」
男の人なのに女の人のような言葉使いをしている美容師さんは僕にウインクすると、また僕の髪を触り始めた。
いつの間にか髪も染めることになって、僕の髪にべっとりとカラーリング剤が塗られた。少し頭皮がピりピリする。
ずっと髪は竜ちゃんが切ってくれてたし、ましてや髪なんて染めたこともないから、何もかもが初体験。
柊さんは「ちょっと買い物」と僕を置いてお店から出て行ってしまった。一人で待つのかと不安になっていると、美容師さんが「すぐ戻ってくるから、大丈夫よ」と僕に飴をくれた。僕は相当子供に見られているみたいだ。でも、そのミルク味の飴はなんだか懐かしくておいしかった。
頭を洗って毛先を整えた後はブロー。乾いた髪は少し淡めの栗色だった。黒髪よりも軽くて柔らかそうに見える。多分、髪の色が変わったからだけじゃなくて、前髪がないのも大きい。
「はい、かんせ~い! 上出来上出来。柊もこれなら満足でしょ。自分でも見てごらんなさい」
そう言って美容師さんは眼鏡を手に持たせてくれる。お礼と共に頭を軽く下げれば、さらりと髪の毛が揺れる。自分の髪じゃないみたいにトロトロでサラサラだ。
眼鏡をかけて鏡を見て、僕はただ首を傾げた。そこには別人がいて、僕と同じように首を傾げている。けれど、良く見ればいつも見ている顔と変わりなくて、僕は顔を伏せた。大きすぎる目と厚い唇。それはどうしようも変えられないのだ。やはり前髪を切らなければよかった。
「どうかしたの? 髪の色もぴったり…」
美容師さんは戸惑いを含んだ声で俯いた僕に気を使ってくれるけれど、顔を上げられなかった。
その時、お店の入り口のドアが開いた。「碧?」と呼ばれて僕は振り向いた。ドアの横に大きな紙袋を下げた柊さんが立っていて、僕の顔を見ると慌てたように僕に駆け寄った。
「なんで泣いてんだよ」
柊さんがギロッとおろおろとしている美容師さんを睨んだ。美容師さんは何も悪くない。僕は柊さんの服の裾を掴んで首を振った。
「違うんです…。こんなに髪綺麗にしてもらったのに…、顔気持ち悪くて……ごめんなさい」
「碧…」
柊さんは紙袋をガサリと置くと、僕の前に屈んで膝立ちして、俯く僕の顔を覗き込んだ。
「この間言った事覚えてねぇの? おまえは可愛いって言っただろ。自信持てって」
「…でも、」
「なら、どこが気持ち悪いか言ってみろよ」
「………目と…口が…」
「目と…? それ誰に言われた」
「…え…?」
「北條か?」
柊さんの質問に僕が頷くと、柊さんは険しい顔をして舌打ちした。柊さんの苛立ちが伝わってきて、身が竦む。
「北条のこと忘れろって言ったよな?」
「……ご、ごめんなさい…」
「なぁ、碧。おまえの目はデカくて瞳の色もキレイで可愛い。唇も、キス誘ってるみたいでエロい」
そう言って僕の頬を撫でた柊さんは僕の唇にチュッと音を立てて軽くキスをした。
「俺の言う事と北条の言う事、どっちを……どっちが嬉しい?」
どっちが嬉しい?
そんなの。
「柊さんに…決まってる…!」
「じゃあいい。あいつに何を言われても俺を信じろよ」
僕が何度も頷くと、柊さんが僕のサラサラになった髪に指を絡めて、その綺麗な目を細めた。
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