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六、黒以外似合わない 後

 僕の頭をポンポンしながら立ち上がった柊さんに促され、なんとか顔を上げると、美容師さんが目頭をタオルで押さえていた。それから僕の顔を見て「よかったわ」と呟き、微笑んだ。男の人なのに、仕草がとっても女性らしい。とっても優しくて、素敵な人みたいだ。   「オッケ。頭はこれでよしと」 「お気に召して頂けたみたいで光栄だわ。元が良いから何でも似合うでしょうけどね」 「当たり前だろ。俺の見立てに間違いはねぇよ」 「はいはい。——あ、奥の部屋使うんだったわよね? お好きなだけどうぞ。ただし、エッチなことだけは禁止よ」 「わーってる」  勝手知ったる様子で柊さんはお店の奥にあるドアを開けて、僕を部屋の中に通してくれる。  どうして美容師さんは柊さんと僕がエッチなことしてるって知ってたんだろう。もしかして柊さんが話したのかもしれない。どうしてかな…。 「碧、これに着替えて。デートにその服は合わねぇわ」  僕の服は黒色のものしかない。それ以外の色は似合わないから。今も全身真っ黒で何の愛想もない。僕とは反対に、柊さんはベージュのズボンとボーダーTシャツにデニムジャケットというシンプルな服装だけどとってもお洒落。柊さんならどんな服を着ても似合うんだろうな。  柊さんが持って帰ってきた紙袋には服が一式入っていた。服をガサリと取り出し、僕に手渡してくれる。さっきデートって聞こえたけど、誰がデートするんだろう。 「柊さん…、これ買ってきてくれたんですか…?」 「そー。碧に似合いそうなもん買って来た」 「あ、ありがとうございます。レシートありますか? 今、持ち合わせがないかもしれないですけど…」 「…いらねぇって」 「え…でも、買ってきてもらって…」 「いいから受け取れよ。俺からのプレゼント」  え…プレゼント…? 「…僕、に…?」 「そ。深く考えんなって。ほら、さっさと着替えて、次は眼科行くぞ」 「は、はいッ…!」  眼科で何をするかは分からなかったけれど、僕は柊さんの買ってきてくれた服に急いで袖を通した。  かなりタイトな黒のズボンとシンプルな白シャツ。その上にキャラメル色のだぼっとした薄手のセーター。  僕が着たこともないような色でちょっと抵抗があったけれど、柊さんが買ってきてくれたのに断るなんてできなかった。  セーターのサイズも間違えたみたいだけど、それに対しても僕は何も言えない。僕の指先がギリギリ出るぐらいで少し動きにくいけれど、運動をするわけでもないから、きっと大丈夫だ。  それにしても柊さんはさっきからずっと笑顔を浮かべている。凄く機嫌がいいし、とってもかっこいい。制服姿しか見ていなかったから、いつもと雰囲気も違うから余計にそう感じる。 「柊さん、何かいいことあったんですか?」 「んー? 別になんもねーよ」  そう答えた柊さんは、ほら行くぞ、と着替え終わった僕の手を引っ張った。

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